菜根譚89、老成(蜀に逃げる夏侯覇)






 「日は既に暮れているが、それでも夕暮れというのは燃え盛るかのようである。
 年も既に暮れようとしているが、柑橘類というのは素晴らしい芳香を漂わせている。
 だから末路晩年こそ、君子はよりその精神を百倍する心持ちでなければならないのである」


 ・半分納得しつつ、半分違和感も感じますね。
 昨今の若いことが良い、という一方的な風潮は違和感を感じることも多いです。人は当然年を取る、それによる「老成」というものもあって然るべきなのになぜか若さに価値を大きく傾らせている。そして誰もがその価値観に違和感を感じることがない。価値観は人それぞれというのはそれはそうですし、それに対して口を挟みたいわけではないですが、その若さに偏るということが老成という価値観に真っ向から対立し、いっそ否定する権利があるかのような言い方になると話が違ってきます。どうも価値観は人それぞれだ、ということが同時にだからオレは別の価値観を否定する権利があるかのような話になってしまう。そしてそれに違和感がないということが人に否定権をもたらしているかのような印象を与えている。かといって同様に否定する……老成という別の価値観によって若さに対して否定をすると、全否定されたかのような反発がある。つまり価値観というのが攻撃する要素ではあっても、攻撃される覚えはないと、そういうことになります。虐殺権はあり、当然の権利のように虐殺はするが、しかし反発される覚えはないと。そういう奇妙さ、奇妙な構造に対する違和感がないということがどうも納得しがたいというように思っています。
 まあ西側諸国はほぼどこも歴史上虐殺に関わっていますが、オレたちは虐殺する側であってもされる側でないという言い分と似ているのかもしれません。


 ・その一方で、ムリは禁物というのは常に感じていますし、年取ってから「精神百倍す(原文)」と言われてもいやいやムリだろというのも思います。それというのは若いころから鍛えてきた強健な体と精神があって、そして日頃から鍛錬しているその習慣というものがあって初めて成り立つものだと思います。それなしで、というよりそれを軽視していきなり花咲くということはあり得ない。それこそ根のない花のようなものであると思います。その根の方を重視しない言い方というのは菜根譚らしからぬ文章ではないかなと思います。まあこの文章で暗にそちらを指摘しているのかもしれませんが。


 ・魏で司馬懿がクーデターを起こし、曹一族と夏侯一族という、曹操の代から重鎮をなしていた一派が粛清されたことがありました。その時、夏侯覇(かこうは)という武将は蜀に行くことを決意し、追手と戦いつつ蜀を目指しました。遠くの呉を目指すことはまあ不自然ですが、かといってずっと戦ってきた宿敵である蜀に降参するというのも違和感はあります。蜀からすれば罠という可能性も十分考えられるわけですから。これが夏侯覇60過ぎのことであり、この後80歳頃まで蜀将として戦うこととなります。


 そもそも蜀においては、張飛の妻は夏侯氏の流れを汲んだ人だったようです。
 そして張飛の娘が蜀漢の皇帝である劉禅の妻となったと。その流れがあったために、一見不自然な夏侯覇が蜀へ逃げるという行動にも理を見ることができるように思います。
 つまり夏侯覇は自分の血筋が張飛の妻、劉禅の妻といった形で親戚となっているということを踏まえていた。そうなるとたとえ敵である蜀に降参したとしても、まあ拒絶されたりはしないだろうとある程度見当をつけていたと考えられるでしょう。これが249年頃のことであり、劉備一行や張飛が新野周辺にいたのが210年前後と考えると、大体40年ほど経ってこの伏線は回収されていると言えます。


 ・この話が老成的な、機は熟したという塾生や円熟を表しているかどうかはわかりませんが。ただ、寄る辺をなくした夏侯覇にとって張飛と夏侯氏のなれそめというのはその拠り所となったということができます。こういう道が残されていたことに人の世の数奇さという者を感じずにはいられません。

 こちら参考URLです。








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