菜根譚78、悪法(霊帝の官位売買制度について)






 「善をなしてその益を見ないのは、草中の瓜のごときものであり、自然と見えないままに大きくなっていく。
 悪をなしてその損害を見ないのは、庭の春雪のようなものであり、それは必ず消えていく」


 ・最後のくだり、消えていくということが悪事が消えていくならいいことじゃないかと思いましたが、そうではないようですね。
 善事は草に混じったスイカのようなものであって、見えないうちに巨大化していく。気づかないうちに膨れ上がっているのだと。
 それと対比するなら、悪事というのは確かに見えなくはなる。しかしその善が膨れていくように、悪も見えないところで膨れているのだと。つまり水となり地下に浸み込んでいき、その巨大さというのはもう把握すら難しいというわけですね。善は見えにくいけどしかし目を凝らせば確かにあることが分かる。悪はしかし目を凝らしても分からない。わかりにくい。とてつもなく巨大なものになっているというのに、それがあまりにも巨大なものになっているがために想定を越えてしまっている。水となり目に見えるものすべてと同化してしまっているとすれば、もうそれをそれじゃないものと見分ける手立てもない。


 ・そもそも黄巾の乱ってなんで起きたんだっけ、ということで調べてみました。



 当時朝廷にはお金がなかった。
 そこで、霊帝が官位を金で販売開始したということですね。それによって朝廷は金で潤ったわけですが、それによって官位というのは功績や実績を意味するものではなくなってしまった。そして金さえあれば高位に就けるために、農民たちにはもの動く高い税金が課せられることになったと。当時は「消費税一律10%」みたいなものはなくて、各地を治める領主が好き勝手に決められました。それによって人々の苦しみは頂点に達したわけです。
 悪法がどのようにして人々を苦しめるかという典型的な話ですが、まあ霊帝ってひどいなと一概にも言えませんね。霊帝には、自分のところにはたくさん金が集まってくるなと。つまり目の前に問題があったので、知恵をフルに絞って解決した結果がこれだったのでしょうから。こうして積もり積もった人々の不満を結集させたのが張角(ちょうかく)であり、彼はこの流れを利用して黄巾の乱を起こしたというわけです。今でいえばオウム真理教とかがかなり近い立ち位置だと思います。


 ・恐らく、霊帝がやったことっていうのは当時としていいことであったり、問題解決の模範的な事例として引き合いに出されるような性質のものではあっても、悪いものだとは判断されなかったのではないかなと。これがきっかけとなって人々の不満は積もり積もった、というようなことは歴史を分析しないとそうとはわからないことでしょうから。そういう俯瞰的な視点をもって歴史に当たれるようになったのはもっと後の時代のことなんじゃないでしょうかね。推測ですけど。
 いい法律が人々にいい風に作用する、あるいは悪法が悪いように作用するという現象があります。これというのはまさに冒頭にあげられたような形で人々に把握されるものの一つではないかなと思います。



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