菜根譚74、玉璽(孫堅と孫策、そして袁術の話)






 「漁網を設けてみると、大鳥がかかっている。
 カマキリが獲物を貪っていると、雀がその様を狙っている。
 機の内には気が蔵されており、事態の外で事態が生じる。それを思えば、小賢しい智などというものがどれほど頼みになるものだろうか」


 ・「いいことをしたらいい報い、悪いことをしたら悪い報い」というそういう図式があると思うんですけども、これってどこまで正しいんだろうなと思います。局所的には確かにそうですけど、物語的に言ったら実はそうではない、で不遇をかこっていたけども最終的には大局的にもやっぱりそうだった、いいことをしたらいい報いが、悪いことをしたら悪い報いが、というような常套手段というか一連の流れみたいなものがあると思います。物語的に仕立て上げるってのは多分こういう感じなんだろうなと思うんですけども、そう思うということは事実の流れとはそれは違うってことでもあるんでしょう。
 いいことをしていたということ、悪いことをしていたことがつまりは伏線となって最終的にやってくるということを意味するものなんですが、これを事実と捉えればノンフィクションだし、虚構と捉えればそれはフィクションでしかない。


 ・孫堅は洛陽に乗り込みますが、そうすると井戸の中から玉璽(ぎょくじ)を発見するというのはよく知られている三国志のくだりです。これは孫堅が命懸けで連合軍の先鋒となり命懸けで董卓と戦ったがゆえに天から授けられたご褒美と捉えればそうなのかもしれませんが、まるで孫堅はここで自らの運勢をすべて使い果たしたかのようにひどい目にばかり遭います。いや、そもそも虎牢関で先陣を切っている時から袁術によって食糧や武具の補給はされていなかったので、そもそもが運勢は右肩下がりだった。常時右肩下がりの人がだからこそ1:99で手に入れたラッキーがこの玉璽だとすれば。100回行ってパチンコ負け続けている人が50日目くらいでようやく掴んだビッグボーナスだとすれば。そのビッグボーナスはあまりにもむごいものであり、これから始まる悲劇の序章でしかなかったと言えるでしょう。


 ・孫堅が玉璽を拾ったことは早い段階で袁紹に、そして各諸侯に知らされます。補給がない中で戦ったことでさえ悲劇だったのに、ここから各諸侯に睨まれることになります。こいつ、自分だけ抜け駆けしようとしている。あるいはもしかして、こいつ自分が皇帝になろうとか考えているんじゃないのか。そして孫堅は自領に帰ろうとしますが、その心を疑われた孫堅はかつての仲間たちによって後ろから追撃されることになります。さらには劉表によって騙し討ちに遭い、黄祖に打ち取られると。まるで本当に玉璽をゲットするために運勢を使い果たしたかのようですね(笑)
 ビッグボーナスきたんだけど、ボタン押し間違えてボーナスが消えるのによく似ています(笑)本当はビッグボーナスはスタートなんですけど、孫堅の場合はビッグボーナス引いた時点でゴールだったんですね(笑)


 ・孫堅の遺児である孫策は袁術に匿われますが、袁術にこの玉璽を渡して兵士、武具、兵糧を借りるという手を取ります。言ってみればビッグボーナスの台を10万で他人に譲るに等しいですよね。この選択はものすごく賢明で、疫病神であるはずの玉璽を渡してなおかつ福を背負い込んだと。この後の孫策の領土の広がり方はものすごく、かの覇王項羽もかくやと思わせるほどのものであったと。そして小覇王と呼ばれることになります。


 片や、袁術はビッグボーナスというスカの台に座ってしまったことで破滅を招くこととなりました。自分のところに玉璽がやってきたのは、自分に皇帝になれという天の思し召しだと勘違いして、皇帝を名乗ります。こうして孫一族の災いの元をすべて袁術が引き受けたかのように、袁術は転がり落ちていくこととなります。最後には戦に負けて食べ物もなく、食べ物がないのに「蜜をもって参れ」(蜂蜜の入った飲料のこと)と言って餓死して人生を終えます。



 ・さて。最初のくだりに戻りますが、
 「この世ってのは把握できないようなほどの規模で出来ている。人の小さな思惑などどれほどのものだろうか」ということだったと思います。
 しかしこの話から間違いなくいえることは、玉璽を掴んだ者は転がり落ちるようになるということでしょう。例えて言えば現代の宝くじがこれに等しいかもしれません。一等三億円当てた人の大半、9割方は破滅しています。
 孫策はこれを袁術に譲って小覇王となり、袁術はこれを譲り受けて皇帝を名乗り、そして餓死を迎えた。なんだかオカルトチックな終わり方になるのですが(笑)、この一事を笑って見過ごしてはならないのではないでしょうか。







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