菜根譚65、火のない所に煙は立たぬ(李斯が滅んだ話)






 「大衆と意見が違うからといって個人の意見を捨てるようなことがあってはならない。
 個人の意見を押し通して、他人の発言を排してはならない。
 小事に囚われて、大局を見誤ってはならない。
 公の名を借りて私情を満足させるようなことがあってはならない」


 ・上から①~④としますと、この4つは董卓がほぼやってる行いということでいいのかなと。董卓だけでなく、例えば趙高も秦末にはやっていましたし、大体こうしたことが元となって国が乱れていく流れになっています。ある意味では国が乱れるきっかけはこういう形で明らかになっていくということに対する警告なのかもしれません。


 でも国が乱れる、なんていったってあまりに大事過ぎてパッとはわかりませんが、要するに小さな単位で起こっている些細な出来事、それが国を乱すということが結論なんだろうなと。その芽は意外と日常の些細なところにある。そしてそれを大切にしていくこと、目をやってその一事が乱に繋がる、それが大乱へと繋がっていく流れを思えと。
 つまりはボヤであり今煙が立っている、そのことが既に大火の兆しであり、火のない所に煙は立たぬということそのものを示しているということなのでしょう。


 ・李斯(りし)という人がいました。秦の始皇帝の知恵袋であり、秦帝国樹立の立役者の一人といってもいい人物です。
 この人はある日始皇帝の巡行中に呼ばれて行ってみると、既に始皇帝は亡くなっていました。動揺する李斯ですが、趙高はその李斯に勧めます。始皇帝の遺書を改ざんしようと。長男は自決(自害、自殺)を迫り、末子である胡亥(こがい)を新しい皇帝としましょうと。
 李斯はそれだけはならんと反対しますが、ではもし長男である扶蘇(ふそ)が皇帝となったらどうなりますかと趙高は言います。当然、そのお守り役であり、これまた建国の立役者である蒙括(もうかつ)将軍のいる蒙氏は秦の中でも大勢力となるでしょう。そうなると李斯なんて蒙氏からすれば排除される、排除しなければならないだけの存在となる。ならこちらから先に蒙氏を排除してはどうかと迫られます。上の③、④あたりの内容に近いのではないでしょうか。とはいえ、小事かもしれませんがこちらとしてはこっちが皆殺しとなるか向こうを皆殺しとするかの瀬戸際なので、これをしないわけにはいきません。趙高の言い分にはそれなりの理があったわけです。


 結局、長男の扶蘇は自害、蒙括も自害を迫られ、蒙氏は皆殺しとなります。
 しかしそこで終わらなかった。遺書を改ざんしたことを趙高のほかに知っているのは李斯だけです。後は李斯を失脚させれば趙高の身は安泰となります。
 こうして李斯は捕らえられ、拷問にかけられ罪をでっちあげられ一族皆殺しとなります。こうみると、確かに趙高の言う通りで仮に権力争いになっていたとすれば蒙括らに対して、李斯の身は危うかったという事情は少なからずあったかもしれません。しかし蒙括らを排除してみると今度は一番危うい存在は自分の身となっていた。そこまで李斯の思惑は回っていなかったと言えます。
 一つ目のハードルを乗り越えたところで李斯は一息ついてしまいましたが、実はそこからが本当の勝負であり、仲間である趙高が敵に回る可能性を考えていなかった。


 ・ですから李斯の反省を考えてみるならば、一緒に危ういことをした仲間は次の最も強大な敵となるということ。
 一つ目のハードルを越えたからといってそこで終わりではないということ。
 そしてその先は一体どうなるだろうか、趙高は敵とならないだろうか、本当に自分の身は安泰だろうかとより具体性を持って考えられなかったこと。
 こうしたことにしっかりとした具体性のある考えを巡らせられなかったこと。
 こうしたことが李斯の敗因と言えるのではないでしょうか。






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