アキレスと亀






 先日ちょっと話に出したんだけど、この「論破は偉い」という風潮がいかにヤバいものかということについて。
 これは古代ギリシャでもあったことのようで、それが表題にも書いたアキレスと亀の話だったりします。
 何かって英雄の中で最も早いはずのアキレスが亀を追い抜けないという話なんだけど、これは現実的に考えればあり得ない。人間でも一瞬で追い抜ける。ところがこの話の中では「アキレスが亀に追いついた時、亀はすでにその時間分先に歩いている。そこにアキレスが到達したとき、さらに亀は先へ行っている。したがって永遠にアキレスは亀を追い抜けない」というような話。んなわけないんだけど、この論法は形を変えて様々なところに潜んでいる。

 ・これを使えば人が老衰で死ぬことはあり得ないということになる。99歳一か月、一か月と一日、一日と一時間、一時間と10分……と続けていけば人間は誰一人として死なない。ところが現実的には人間の死亡率は100%である。養老孟司さんの話を引き合いに出すまでもない。でもアキレスの話「風に」物語れば誰も死なない。人が老衰で死ぬ確率を0%だという非現実さを語り尽くすことができる。
 末期がん患者もそう。末期がん患者の死ぬ確率は99.9%だったとしても0.1%は生きるという話になる。これを誇張していけばやはり誰も死なないよねという話になる。
 それこそ神風特攻隊だって一人も死なない。それこそ激突する0.01秒前に飛び降りれば大丈夫、海へ50mくらいの高さから飛び降りても打ちどころさえよければ大丈夫、敵弾をすべて避ければ大丈夫。こうなれば全員生還することも可能である。まあ現実にはほとんど生きて帰っていないはずだが。確か三回くらい体当たりして生還した例外も実際にいるそうだが、そういう例があるとアキレス理論は鬼の首を取ったかのように持て囃されることになる。それみたか、やはり神風特攻隊は死なないんだとこうなる。
 こういう形の論破に対して言える最も正しいことは「バカなことは言うな」とか「言葉遊びはいい加減にやめろ」とか「現実を見なさい」ということになる。つまり話を切り上げるというのが最も正しい。「アキレスは亀に勝てないよ」「人は死なないよ」「末期がんでは人は死なないよ」なんてのに付き合わないということが一番正しい。
 というかまあ形を変えた「アキレス」は強い。前提をすっ飛ばし支離滅裂な結論を強引に持ってくる、これは今でもある意味最強の結論だと思う。これはもうなんでも言える。「コロナにかかるやつはいない」でも「インフルエンザはなんとか」でもなんでもできる。これはもうアキレスしてないかという自省と、ああまたアキレスかという認識、これによってため息でもついてはいはいと見過ごすしかあるまいと思うし、多分人類はそうしてこの3000年前後をやり過ごしてきたに違いない。このあまりの強さと無敗(もはや戦いにもならない)ぶりは人をへんなところに連れていく。この常勝っぷりは人を舞い上がらせるが、同時にもう絶対に帰って来れなくなるというのも重要。



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