みちるから「星の砂」を返されるみなぎ。
「じゃあこれは私が預かっておくわね」
「にはは……大事にしてね、みなぎ!」
ふたを閉める。
風が吹く。
次の瞬間にはみちるはいなくなっている。
「みちる……みちる、みちる!
そんな……さよならもしないで!」
「まだだ!
まだ時間はあるはずだ!
まだ星は出ていないからな……」
この言葉を言う往人には確信がある。
姿は消えたが、まだ「行った」わけではないこと。
そして星が出たらみちるはいなくなってしまうということ。
「現象」が起きたとしても、その現象はある「枠内である」ということ、事態の共通点を模索している、ということかもしれない。
あるいはここでの「星の砂」というモノがキーになっているということなのかもしれない。
なんにせよ、ここでの往人には確信がある。
「みちるはきっと、あそこにいる!」
そして学校の屋上を目指す。
なぜここか。思い出の場所だからか、あるいはそうした感傷を抜きにして最も空に近い場所だからか。
あるいはその両方かもしれない。
佳乃の時も神社であり、神社は高台の上に位置していた。
屋上。
フェンスの向こうにいるみちる。
風がみちるの髪紐をさらっていく。
まるで佳乃のハンカチをさらっていく風と同じように、この風にも意志が感じ取れる。
「魔法のバンダナ」にあった魔法が、聖の意志が佳乃と母親を合わせたように。
髪紐にも何かしらの意味はあったろうか。
少なくとも、みなぎの思いは、母親と本来の娘であったみちるとを引き合わせることに成功した。
「会わせたい」という思いは、母親とみちるとの出会いを実現化させた。だとすれば「思い」というのはそれを実現化するための魔法であるという流れは少なくともある。
みちるに近づくみなぎ。
「危ないから……そんなところにいたら危ないから……こっちにおいで?」
首を振るみちる。
「ダメだよ。もう行かなきゃならないから。
今日までいっぱい楽しかったから、だからもう行かないとダメなんだ」
悲し気なみなぎ。
「そんな顔しないで。
みなぎは笑ってなきゃダメだよ?
じゃなきゃ、みちるが悲しいよ……」
「みちる……」
・もともとこっちにやってきたみちるは、みなぎの父親はいなくなり母親はみなぎを「みちる」と呼ぶ状況下で、表情がなくなり一人駅前で座っていたみなぎのためにやってきた。
そして「わたしはみちる!(あんたはみちるじゃないよ)」ということを告げ、それによってみなぎは「みちる」ではなくみなぎであることを再確認できた。名前がそうであること、自分は自分であることを確認できたみなぎは、久しぶりに笑顔を取り戻せた。それは自分が自分であることを取り戻せたということでもある。
そこにあるのは、例えば「名前は記号でしかない」というものとは大きく異なっている。自分のことを「みちる」と呼ばれるみなぎは自分が自分である意味を感じられず、この世で望まれた存在ではないことを痛感させられていた。かといって居場所もない。父親も去った。もう自分が「みなぎ」である意味を剥奪されていたといっていい。その意味の剥奪の前に意味の再付与が行われた。それが「みちる」ということだった。
「私は……みちるのおかげで私でいられた。
みちるがいなくなったら……またきっと笑えなくなるわ」
「……大丈夫だよ。みなぎはみちる以外の人にも笑えるようになってるもん」
・みちるは気づいていた。意識化していた。
みなぎの笑顔を取り戻すため、という目的があったし実際にそれは達成できた。
そういう意識化した流れの中にいた。
そしてもう大丈夫だという段階まで見届けた。
「ねえみなぎ。国崎往人。約束しようよ」
なぜいつもフルネームなのだろう。
「約束……?」
「翼をもった女の子は、空の上で悲しい夢を見続けている」
聞きながら観鈴のことがよぎる往人。
これで何回目だろう。2~3回目ではないだろうか。
みちるの話は観鈴に直結している、そういう感覚がある。
少なくとも往人の中では。
「みちるは一足先にその子のところに戻るから。
二人にもらった楽しい思い出をもって、その子のところに戻ってるから。
だから……その子を見つけたら伝えてあげて欲しいの。
もっとたくさんの楽しいこと。
そしてその子を夢から解放してあげて」
「ああ……」
思い当たる節がある感じの、腑に落ちた感じの返答。
その子に対する約束は往人だけでなく、みなぎもかぶってると考えていいだろう。
「みなぎ、みなぎはいつも笑っていてね。
笑ってバイバイって言ってね」
「言えない……笑ってさよならなんて言えない!」
これというのは、食卓を背景にしていると考えていいだろう。
「母と娘と友達」という図式は場合によっては大きく変わる可能性もあり得た。
友達であったのはみなぎの方だったかもしれないのだ。
でもみちるはそんなことをしなかった。裏切ったりせず、自分の母親に会いたい気持ちは抑えて、ただひたすらみなぎのため、そして家を良くするためにやってきた。
そして、せっかく会った母親に告げられたのは「みなぎの友達」
すべての悪いものを背負って、汚いものを背負って、誰にも理解されないまま消えていく。
笑ってさよならなんて言ったらあまりにも薄情すぎるし、そうするにはあまりにもみちるが可哀そうすぎる。
ここで「笑ってさよなら」ができたとすれば、それこそが真のバッドエンドに繋がると言っていい。
みちるという新しい救われない女の子の苦しみの始まりを意味するのだから。でもそうはならなかった。それをできるほどみなぎは優しくないことはなかったし、みちるの存在の意味を理解していなかったということもなかった。
「みなぎ……」
「だって、もう会えなくなるのに!」
「大丈夫だよ。
夢から覚めても、思い出は残るから。
だから笑って。みちるとの思い出をずっと楽しい思い出にしてよ。
これはみなぎにしかできないことだから」
・笑って別れるということはみちるがやってきた本来の目的が達成されたということであり、みなぎが救われたということと幸せになって後顧の憂いがないことを意味している。
いつかのような赤紫の夕暮れ
「みなぎ、約束だよ」
「うん……」
「今、笑ってる?」
「うん……」
「ほんと?」
「うん!」
「じゃあ笑い続けて。
笑ったままバイバイって言ってね。」
「みちるは笑ってる?」
「うん」
「別れは辛くない?」
「うん、辛くない。
だって笑ってるもん。
ずっとずっと笑い続けて、世界がたくさんの笑顔でいっぱいになって、みんなが温かくなって生きていけたらいいね」
「うん」
「みなぎ」
「みちる、バイバイ」
風が吹く。
羽根が舞っているが消えてしまう。
遠くで花火が上がっている。
花火大会。
あの姉妹は花火を見上げているのだろう。
「ありがとう……
みちる……」
翌朝。
「よう! どうした?
また家出じゃないだろうな」
黙って封筒を差し出す
「お米券か……」
多分三回目だけど今まで嬉しくなさそうなのはお米券より食べれるものが欲しい往人にとって別にお米券は嬉しいものではなかったのだろう。だからガックリきていた。
ここで目が光る描写があるのは「やったぜ!」という意味ではなくてあくまでポーズ。
もしくは「これお金と交換して何か食べれる」ことを学んだのかもしれない。
どちらにしろギャグっけを入れている時点で往人はみなぎに気を使っている様子だなと。
首を振るみなぎ。
「手紙です。私の父からの。
夏休みを利用して会いにこないかって。
なんと私には妹がいるそうなんです。
父と、今の奥さんとの間に生まれた女の子です」
「! その子名前は……」
黙ってうなずくみなぎ。
「正直言って、少し戸惑いましたけど……
でも会ってみることにします。
母も勧めてくれましたし」
「そっか……」
「遠野ー!」
振り返るみなぎ。
「飛べない翼にも意味はあるさ!
それが空を飛んでいた日々の大切な思い出だからな!」
笑顔でうなずくみなぎ。
①これを流れで、この話が出てきたのはみなぎが「みちる」と呼ばれていて、でみちるがいないと分かった時に母親の中でみなぎの存在も消えてしまったという流れで出てきたセリフで。
「みちるを演じていた私は、私として生きる生き方を忘れてしまった」
という自分らしく生きられない、どう生きていいかわからないというみなぎの心の葛藤の象徴として出てきていた。
父親がいなくなり、母親はおかしくなって居場所もない。駅の前で座って父を待っている日々。
そこで現れたのがみちる。
みちるによって支えられてみなぎはみなぎ自身を取り戻せた。
本当は「飛べていた」、自由に生きられていたはずのみなぎは母の期待に沿って「みちる」をやっていたら、優しさから母の期待に合わせていたら気づいたら飛べなくなっていた。
「飛べない翼にも意味はあるさ!
それが空を飛んでいた日々の大切な思い出だからな!」
そうなると「空を飛んでいた日々」というのはその前だから、父や母と一緒に楽しく幸せに暮らしていた時がある、ということになる。戻れる場所、戻りたい場所を指し示すものとしての「飛べない翼」か。
②あるいはみちると一緒にすごしていた日々=空を飛んでいた日々とも考えられる。
今はもうみちるはいなくなってしまった。つまりもう「空を飛べない」し、その時のようにはいかない。でもその「もう飛べない」という意識はかつては「飛べていた」意識に繋がる。みちると一緒に楽しく過ごせていた日々があったからこそ今がある。そういう風に認識できるようになった。
恐らくみなぎはみちると別れたことで②を獲得した。
それによって「飛べない翼にも意味はある」というはっきりとした実感を得た、それを転用することによって①というずっと疑問を抱いていた部分を考え直すことができるようになった。ちゃんと意味はあるという実感と手ごたえを得て、そこに向き合えるようになった。みなぎ自身が光を当てようと思えるようになった。
そのヒントをみちるはみなぎに与えてくれたんじゃないか、と往人は言っているのではないか。
走り去るバス
「そうだろ、みちる」
心の中で語り掛ける往人
「妹」に出会うみなぎ。
どっからどう見ても誰かにそっくりである。
「友達になりましょう?」
星の砂を差し出す。
かつて自分がみちるに支えられたように、今度は自分が誰かの支えとなろうと決意しているかのよう。
神尾家へ。
「観鈴ー迎えにきたぞー」
反応がない。
開けて中を見ると倒れてる観鈴。
急いで駆け寄る往人。
この記事へのコメント