発作が起きた後の観鈴。
もう言葉が耳に入らないかのよう。泣き崩れる観鈴。
ちょうどいいタイミングで入ってくる晴子。バイクの音もなかった。
まるでそろそろ起きるころじゃないかと見当をつけていたかのよう。
「ちょっと外に出ててくれるか?」
見て欲しくないところなのか、それとも何かがあるのか。
まるで診療所でいつかあった佳乃と聖の場面の再現であるかのよう。
何も言わず出ていく往人。
夜の海を眺めている。
風が強く、まるで今の観鈴の状況、あるいは往人の心のざわつきと一致しているかのよう。
そこに現れる晴子。
「あの子、小さいころからずっとなんや。誰かと友達になれそうになったらああなるねん」
「友達になれそうになる……と」
「精神的なもんやろうし、大きくなったら治るやろと言われたけど。実は今日もな、学校で発作起こしたんや。仕事場に連絡が来てうちがバイクで来てそのまま家に送ってったんや。
あんたやったら一緒におっても平気か思て期待してたんやけどなあ……
うちとおる時は大丈夫なんやけどなあ……」
家に帰る二人。
ぼーっと宙を見つめたままの往人。
荷物をまとめる往人。
「ホンマに出ていくんか?」
「俺がいるとあいつは発作を起こすんだろ? しばらく距離を置いてみる」
「そうか……」
駅へ。
寝転がって星を眺めている往人。
翌日。
海を眺める二人。
「私のせいで、往人さんうちにいられなくなった。
一人ぼっちで寂しくない?」
「寝起きするのは一人でも、知り合いはいつの間にか増えたからな。
お前にだっているだろ。友達ぐらい」
「ううん、いないよ。
ずっと一人。
友達ができそうになると泣きだしちゃうから、みんな私から離れていくの」
「でも晴子がいるだろ?
一人じゃない」
「お母さんはね、本当のお母さんじゃないから」
思わず観鈴の顔を見る往人。
「そうなのか?」
「晴子さんは、本当は私のおばさん。
私が変な子だから押し付けられたの。
晴子さんはいやがったんだけど、結局私はここで暮らすことになった。
でも晴子さんに迷惑かけたくないから、一つ屋根の下で別々に暮らしてるの。
だから何も言わない。
私本当に邪魔者だから、これ以上迷惑かけないように、いつも一人で遊んでるの。
変なジュース探したり、トランプしたりして」
「……観鈴」
「……ん?」
「……お前は笑ってろ」
「……」
作り笑いして
「ブイ」
・つまり観鈴と晴子との間には圧倒的な距離感があるということ。
友達でもなければ血のつながった母でもない。
嫌がったけど押し付けられただけのおばさん。
「家族」から追い出され、そして追い出された先でも「一つ屋根の下で別々に暮らしている」ということ。
・「あんたと一緒だったら大丈夫だと思ったんやけどなあ」にある往人へのどこか失望感。
そして
「うちとおる時は大丈夫なんやけどなあ」という無意識の優越、そして「やっぱうちじゃないとダメか」「うちがおらんとダメなんだろうなあ」という錯覚。
発作が起きないのはうちだからだという優越は、本当は圧倒的な他人であり、そこに距離感があるから。発作が起きるのは距離が近い関係になった証拠。発作が絶対に起きない状況が示しているのは、絶望的な心の距離の遠さ。
・なぜ友達ができそうになるとなのか。
近い距離感に他者を入れる時の本能的な拒絶によるものなのか。
あるいは親しくなった先にあるどこかで絶対に訪れる「絶望」に先手を打って潰してしまうために起きるのか。
不確定な未来にある、間違いなく訪れるだろう「破綻」、それが分かるが故なのか。
あるいは家族から捨てられた、その絶望の再来を拒むものなのか。
距離が近ければ近いほど、信頼が募れば募るほど、それに比例して痛みは増していく。
段階を追えなくなるということは、転がり落ちるのを防ぐためなのか。
・みちるが珍しく浮かない表情。
「みなぎが……来ないの……」
「学校だろ?
そのうち来るさ」
「今日は学校行く日じゃないはずなのに……」
シャボン玉で遊び始めるみちるだが、それにしても上達しない。
まるで観鈴がかくれんぼだ魚とりだトランプだと言いながら一向にできなかった=上達しなかったように。
トランプをせっかくできるタイミングになったら発作が起きてそのチャンスがなくなったように。
みちるはシャボン玉が一向に上達しない。
上達することを恐れるかのように、みちるは下手くそなままで居続ける。
「みちる、何か悪いことしたかな……」
「ちょっと貸してみろ」
「うにゅー返せー!」
「いいから見てろ」
「間接キスばっちいうわあー!」
すでに吹こうとしてたが一言。
「ませたこと言うな」
ものすごくうまい。
大きく膨らんだシャボン玉が飛んでいく。
「うわあー……シャボン玉ってきれい。
空っぽで、お空みたいで。」
何か言いたそうだが、このシーンはこれで終わる。
相変わらずこないみなぎ。
待つ二人。
「行ってみるか!
遠野のうちへ!」
「みなぎのお家へ?」
「ああ!
こないなら会いにいけばいい」
しかし浮かない表情のみちる。
「お家には行きたくない」
「友達なんだろ?
行ったことないのか?」
「うん……」
結局一人で行くことに。
みすずを家へと送り届ける。
そそくさと去ってしまう往人。
何か言いたげな観鈴。
みなぎの家へ。
母親
「どちらさまですか……?」
「夕べ会っただろ?
天文部の新入部員だ」
「娘さんを呼んでくれないか」
「うちに……娘はいませんけど」
「はあ?
おい!
冗談だろ! おい!」
締め出される往人。
後ろに聖。
「バイトさぼってここで何をしている……?」
「長女のみなぎさんを亡くなった次女だと思い込んでおられる。大分以前からな。
だが最近病状に変化が生じたようだ。
次女が生きているという幻想が消えたと同時に、みなぎさんのことも……
彼女の中で二人の娘は最初から存在しないことになってしまった……」
毒々しい色合いの夕暮れと、みなぎ。
飛んでいく鳥と、雲に隠されそうな星。
強く光を放ってはいるが、雲の前には今にも消えんばかり。
「私には妹がいるはずでした。みちるという名の大切な妹が。
私がお父さんっ子で、母は寂しい思いをしていたようです。
生まれてくるみちるはその母の寂しさを埋められるはずでした」
回想の中の母親。
「もしみなぎの願いが一つだけ叶うとしたら、何がいい?」
「うーんとね、うーんとね、妹が欲しい!」
まるでみちるのように答えているみなぎ。
「……母の思いは行き場をなくして、母は夢を見続けることを選んだんです。
そして私はその夢の欠片だった。
でも夢……母はみちるを流産した時に夢を見たんだそうです。
霧島先生によれば、その夢を見たことで母は現実を受け入れた。
今朝、母は私を見ていったんです。
『あなたは誰?』って」
いかにも辛そうなみなぎ。
「……戻れないのか?」
「これが私の……夢の終わり。
みちる自身として生きてきた私自身の夢の終わりです……」
涙を流すみなぎ。
流れ星が流れる。
「私の翼はもう、飛ぶことを忘れてしまった……
私はもう、羽ばたく真似だけを繰り返してきましたから。
飛べない翼に、意味はあるんでしょうか……?」
強い風が吹く。
いかにも寒々しい風。
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