英語とか仏語とか






 ということでふと思えばブログで外国語をやるのは仏語で三つめになるのかと。
 目標としてはロシア語とかスペイン語、インド語てかヒンドゥー語か、そこらへんもいずれは扱いたいなと。
 でブログを追って記事を10、100と見て行けば確実なパワーアップが望めるような環境ができればなと。
 全くの0と1とでは全然違う。1あれば一気に膨らむ可能性が出てくる。それによって生き方が変わってくるようなことが起きれば面白いなと。
 英語だって0だったら0で平行線。仏語も中国語も同じことで、そこで平行線じゃない方向性を持てたら面白いと思う。
 その先はしかしどうなるだろう。アメリカに行って留学するやつもいるかもしれない、アメリカとかその選択肢の一つにフランスが生まれてきたりすれば面白いとは思うけど、まあ別にそれはもう全然私の思惑とは関係ないわけだから。


 とにかく失敗しない勉強ってのがテーマですね。
 勉強するなら失敗するな、失敗するような勉強はそもそもするなと。



 昔のTOEICの勉強をしていた時のことを思い出した。毎日毎日、来る日も来る日もTOEICの勉強をやっていた。どっかでは書いたと思うけどオレは本当に高校を卒業するまで勉強したことがなかったので勉強には本当に苦労した。笑うものは泣くってやつか。毎日英語漬けをしていたけど、おかげで掲示板のbulltinboard「バルティンボード」はしっかりと覚えたもんだ。これが本当に頭に入らなかったので毎日毎日リピートしていたもんだった。
 市販の本もすべて買って(笑)、とにかくすべてをやり尽くした。それはドラゴン桜で最もダメと言われる勉強法だったが(笑)、まあこれはこれで買った本にいろいろと共通点もあったりして復習にもなったりしたもんだった。


 そのかいあって確かに点数は上がった。でも妙に虚しかったものだ。本来英語って人生を豊かにするための選択肢の一つ、一手段に過ぎないはず。その英語に凄まじい時間と労力を費やして点数を上げることって、どうなんだろうかと。人生のための英語、TOEICなのにこれではまるでTOEICであり英語のための人生のようじゃないか? これでは本末転倒ではないのか? 当時言葉にはならなかったけど漠然とあったものというのはつまりそういうものだった。苦学勉励、努力、克己……そりゃけっこうだけどそこまでしなくてはならないものなのか? それを無条件に良しとするいびつさと異常を感じつつも、その他特にできるものがあるわけではない。ただ勉強するしかなかった。


 それから10年、15年くらい経とうとしているけど今同じことをどう思うかと言えばはっきり言ってムダだと思う。まして参考書とか買ったり、延々とおもしろくもないTOEIC教材を買って延々と流し続けたり。まるでバカみたいだと思う。少なくとも、それでオレみたいな不毛だけどこれしかない状態をがつがつやる、なんてのは本当に愚の骨頂。そう思った時にやはり重要にして効果も絶大であり、さらに不毛ではないと言えるものとはと思った時に、DVDで映画を見るというのは非常に効果的な手段だと思う。ああいう場面があってあいつはこう言ってたってのは本当に記憶に刻み込まれる。


 また、例えば1~100までのシリーズを用意した時に何が最も効果的に能力をアップできるかといえばブログというものなんじゃないかと。YOUTUBEとかは下手に欲張るからなかなかついていかない。それに映画は著作権もあるし。
 そうなると結局のところ映画をDVD(今はブルーレイとかあるのか)で見つつ、それをブログで研究したものを見つつ、わからないところがあればさらに入念に見るというのが考え得る限りでベストなんじゃないのかと。まあもう少し工夫と改善の余地はあるとは思うものの。


 努力と気合と根性では開けるものも開けない。ラクして楽しく、かつ10年経ったときに「あーあの時このDVDめっちゃ研究したんだよな」と思えること、そしてそのブログをチェックすればそのレベルまではあっさりと到達できること。こういうのは間違いなく英語の幅を広げる。もちろんそれですべてというわけではなく、参考書も勝って勉強しなくてはならない時もあるとは思うものの、それですら相反したり矛盾したりするわけではない(I saysとか奇妙なのはあるといえばあるとは思うけど(笑))。

 記憶に刻み込まれたものは財産になるなと。
 財産になったものの積み重ねこそが真の実力になると思います。
 300点上がった下がったと当時は一喜一憂してましたけど、それは波打ち際でパシャパシャしているような話でしかなかった。
 本当の本物の実力はやはり心底面白くないとダメなんですよね。
 所詮付け焼刃ではそれ以上のレベルには到達できない。



 「He said,go back inside!」とスタンが言ってましたけど(笑)、まあああいうのですね。
 私あの場面がすごい好きなんですよ(笑)



 うーん何が言いたいんだったか。
 とにかく、英語、中国語、仏語、スペインにロシア、ヒンドゥーとたくさんやっていけばおお―これはすごいとはなると思うけど。しかもそれがある程度のレベルに読むだけで自然と連れてってくれるとなると確かに一見すごく見える。参考書も買わなくていいし。0円ってのは大きい(笑)
 でもそれってあまりすごくないというか、その見た目の華やかさに引っ張られないことというのは絶対に必要だと思う。所詮は人生のために外国語があるわけであり、人生のための外国語なわけだから。外国語のための人生となっては本末転倒だと思うし、そういう優先順位が明確にある上で勉強がなされていく必要性を感じるんだよなあという話。
 それをDVD見て、ブログで解説見て、ああなるほどと思えたとすれば。
 それの積み重ねというか、つまり一時間程度で仏語とか英語とか中国語をある程度のレベルまで一気に獲得できるとしたらこれすごくないかと。
 スペイン、ロシア、ヒンドゥー語。一時間でとりあえずある程度のレベルをゲットしてから始めたらいいと思うわけですよ。


 もう時間も金も手間暇もかける必要ないなと思う。
 本当に賢いってのは努力と気合と根性をほとんど使うことなく要領よくある程度のレベルを獲得できることだと思うんですよね。
 逆にそれらにプラスして金に手間暇に時間にと浪費させるのは、そりゃ確かに教育業界に金は回るかも知れないけどアホなんじゃないかと。まあ私の主観的な経験で言えば、それは絶対ダメだなと。
 当時はがっついてたからそうメタ的に判断できなかったけど、やっぱあれは失敗だった。
 やるんならいかに楽しむか、というよりいかに財産にするか、という工夫を絶対にどっかで取り入れないとダメだと思う。




 まあこうして失敗してるヤツもいるからそれを踏まえて失敗しないようにしようとかはあっていいと思うし、そもそも勉強なんてしなくて済むのであればそれに越したことはない。
 それでもどうしてもしなくてはならないのであれば、じゃあできるだけ苦にならないような形で、楽しく、あああの時あれやったっけなあ懐かしいなあと思い出せるような勉強をすべきだと思う。




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