なぜレオンはマチルダの頭を撃ち抜かなかったのかその2






 レオンというこの話を通して女が撃たれているシーンは一つしかない。
 すなわちマチルダの継母とマチルダの義理姉をスタンが撃つシーンである。ここでスタンは一切の躊躇なく二人を撃つ。そしてこれだけを見るとレオンが敢えてルールを設けてまで女と子どもは撃たないと言明しなくてはならなかったような事情というのは出てこないように見える。事実この事件はスタンにとって果たしてどれだけの影響があったかといえばかなり疑問で、いつも通りに仕事をし、当然のように仕事を終わらせ、終わったら何も思い出すものがないように見受けられる。まあ実際あまりのショックに実はビビっていたというような節も見当たらないので、実際スタンにとっては大したことではなかったのだろう。たくさんある処理されなくてはならない事件のうちの一つであり、そうした事件のうちの一つでしかない。
 そうしたスタンの前にマチルダが現れる。
 「おい、なんでオレを追い回してやがるんだ。なんか恨みでもあんのか」
 これに対してマチルダが涙を流しながら答えるのだ。
 「あんたは私の弟を殺した」
 この言葉を聞いて明らかにスタンは動揺する。


 この話に出てくる男というのは大概二つのパターンに分けられる。すなわち何かに対して忠実であるか否かである。あのクソ野郎の代表格みたいなジョセフですら、その実は「Burning spearとMarcus Garvey」を好んでいたし、崇拝し敬愛し最早その度合いは宗教と言ってもいいほどであったに違いない。なぜならその関連品にヤクを隠しているのだから。それはブラッドによって見抜かれたというのは前回の話だが、レオンもまた自らの仕事に忠実であり、その仕事の完成度の高さを常に指向している。
 じゃあスタンはどうなのかといえば、やり方は滅茶苦茶ではあるがその実相当なクソマジメな仕事っぷりを示していると言ってもいい。なにしろ突入を部下に任せることなく自らの危険を顧みることなく最前線で銃を手にして戦っているのである。自らの危険を顧みることなく、率先して突っ込み、そして自らの手を汚している。仕事が好きだし愛している……その状態をクスリによって敢えて作り出しているのが本当のところだろうが、そこまでしてでも仕事はやり遂げなくてはならない。完成度の高さは指向されなくてはならない……形は違えど、その目指されるべき完成度の高さというのを常に誰もが競っているようなところがこのレオンという話にはある。


 ところがマチルダはその流れをぶっ壊す。
 「あんたは私の弟を殺した」そう言ってDEA(麻薬取締局)に何も考えず乗り込む。まるでスタンに対し自らの恨みをぶつけるために来たかのように思える。事実そうなのだろう。恨みをぶつける、つまりそこには共感への思いがある。自分の痛み、苦しみをスタンにもわかってもらいたいのである。
 ところがスタンにはそれがまるで分からない。
 「あんたは弟を殺した」それはわかる、でも他にもっとやりようがありそうなものだ。実際そうした他の全ての手段を捨ててまでマチルダは自ら乗り込んでくる。まるでスタンがかつてそうしたように。レオンと共にたくさんの修羅場をくぐってきた、経験してきたにもかかわらずその巧さも経験もそこにはない。銃も弾丸も山ほど用意してきたが、しかし使う気があるようには思えない。
 「こいつ市役所を乗っ取る気だったんじゃないのか(復讐じゃなくて乗っ取りしたかったんじゃないのか)」とブラッドたちは誤解しているが、実際はブラッドにも理解はできない。あれほど見事な解釈で麻薬の隠し場所を探し当てたブラッドにもこの女心はまるでわからないのである。
 ありったけの弾丸を使って一人を滅多打ちにしたいというほどのマチルダの憎しみの心は、「弾丸なんて最小限あれば対象の殺害はできるじゃん」と考えているその界隈の男たちにとって理解の対象ではない。



 ところがこのマチルダの行動がスタンにものすごい衝撃を与える。薬を飲んでオンになったスタンにとって、全く想像もしていなかったところから突き付けられたこれは凄まじいダメージであり苦さがある。
 そこでスタンは聞く。
 「弟のところへ行くか?」
 マチルダは首を振る。
 「死の恐怖に直面した時に命の尊さが分かる。生きていたいか?」
 「イエス」
 「いいぞ。
 まるでおもしろくないからな。生きていたいと思わない者を殺すのは」
 ここでスタンは明らかにマチルダを殺そうとしている。
 しかしスタンの方ではここでマチルダを「自分への恨みを持つ者」から「殺しに来たけど自分の命が怖い者」に変えようとしているし、変えなくてはならなかった。変えないことには、この自分への恨みから一人で突っ込んでくるマチルダを殺すことはスタンにはできなかった。なぜかって言えば、この不気味なヤツが薄気味が悪かったし何より理解できなかった。
 でも「オレは死にたくない、生きていたい」というヤツならスタンには理解が容易かった。なぜならその時点でよくやってきた「狩り」の対象となるわけだから。


 レオンは「女と子どもは殺さない」と言っているが、恐らくこの場面は既に経験済みだったのではないかと思える。でもスタンと違って恐らくレオンにはその対象を殺せたのだろう。でもそれは本当にイヤな経験だった。だからこそルールを作らなくてはならなくなるほどに。スタンはこれと違って特に何もしていないように見える、一見すると。


 ・ところで最後にレオンの家は突入されるわけだが、この場面というのは意味深である。あれだけ先頭に立って突入することが大好きなスタンが先頭に立っていない。それどころか離れた場所から無線でやり取りしているし、さらにはクスリも飲んでいない。
 まず重要なのは現場に来ていないかつ先頭に立っていないことだろう。これに関してはジョセフの家に突入した時とは全然違っていて、相手が(つまりレオンが)いかに腕が立つかを熟知していたためだろう。トニーのところに依頼さえ出しておけば綺麗に仕事してくれる。鮮やかで手際が良すぎる。それは知っていたに違いない。だからこそその相手と戦わなくてはならない状況になった時にスタンは先頭に立ちたくても立てなかったというのが実情だろう。そうしたいのはやまやまだっただろうが、そうするには相手はあまりにも手ごわいのだ。これの意味するところはもう一つあって、ジョセフの一家のように恐らくほぼ無抵抗で一方的に殺戮できる場合は喜んで先頭に立ち突入していたということでもある。つまりスタンは一方的な殺戮であり、「狩り」を楽しんでいたのではないか。それを思えばレオンの家などはそれができなかった、そういう場合はスタンは避けてきたし、そういう意味での臆病さ、あるいは慎重な判断はスタンはできるようだ。
 じゃあこれは臆病なのか慎重なのか。スタンは怒鳴りあげる。
 「EVERYONE!!!」全員連れてこい、総動員しろとスタンはいうのだ。相手がヤバいとみると躊躇なく全員呼べるほどの判断力があるんだけど、でもこれは果たして慎重な判断に基づくものなのか。もしそうであれば一番最初の突入に何回も犠牲を払うことはなかったはず。逐次投入で何とかなると思っていたけど、どうにもならなかったので慌てて呼ぶ。ここにあるのは冷静で慎重であるよりは焦りであり、やはりこいつは相当手ごわいという臆病さの方ではないかと。
 そしてクスリを飲んでいないわけだ。
 このクスリは設定によると抗不安薬(精神安定剤)のクロルジアゼポキシドというクスリらしいのだけれど、まあしかしはっきりしたことはわからないので断定は避けたい。
 この話を通してスタンが飲むのは二回だけど、そのクスリを飲む飲み方もいくつかパターンがあるように思われる。
 ①突入前にオンになるため、まるで気合を入れるかのように飲む
 ②突入と言っても一方的な殺戮をできそうでスッキリできて楽しそうな場合に飲む
 一回目のジョセフの家への突入の時は何も問題はなかった。
 しかし二回目、マチルダと直接話をするときに飲んだ時は非常にまずかった。クスリが効いているはずなのに、いやむしろよく効いているからこそその明晰な意識で、オンモードでマチルダの言っていることがはっきりとよくわかってしまった、これによって強烈な不快感をまともに味わうことになってしまう。
 恐らくこれは妄想でしかないけれど、三回目であるべきレオンの家への突入の際には、前回のでダメージが強すぎてクスリが飲めなかった可能性があるのではないかと思ってみているが、ただしこれにははっきりとした確証がない。だから本当は飲みたいんだけど、飲んでスッキリして大多数で二人をなぶり殺しにする快楽を味わいたかったに違いないんだけど、でもそれができなかったというのが実情ではないか、そしていつもイライラしているスタンのイライラの性質が微妙に違うのは、この時クスリを服用できなかったことに起因している可能性があるのではないかと。


 ・まあこう考えるのもレオンというこの限られたテキストの中から可能性を見つけようとするからだし、実際には可能性なんていくらでも開けていると考えるならばこの解釈自体にムリがある。とはいえあまりにも説明されていないところは多く、そして全く関係ない赤の他人というにはレオンとスタンという人間はよく似すぎていやしないか、と思うわけだ。レオンの場合はそのやりきれない感情を向ける先がありなんとかなっている、いやそもそもやりきれないとか救われないとメタ的に思うことのできる視点がある。
 しかしスタンの場合はメタ的な視点はない。
 それどころかスタンにはクスリしかない。神でもなく、植物でもなく、過去でもなく、クスリ。
 この救われなさと言ったらないなと思う。








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