レオン番外編、ブラッドとジョセフ、Burning Spear/Marcus Childrenについて





 スタンが「Toss the apartment!」と言った後に、スタンの部下一同はジョセフの家の家宅捜索に入ります。これによって純度の落ちた麻薬、その10%分がくすねられているに違いないし、それを盗んだのも当然ジョセフだろうと。そういう思惑があるわけですが。
 ここで部下の一人、ブラッドはレコードをチェックします。
 「おい、何やってんだ!」と言われますが
 「うるせえ、いいからその口閉じろよ」
 と言ったままブラッドはレコードに見入っています。


 そのレコードというのは1978年にBurning Spearというレゲエのグループが出した「Marcus Children」というレコードなんですね。
 で、そのグループは「Marcus Garvey」という曲や「Marcus Children suffer」という曲を出しています。
 その裏では、スタンがジョセフを捕まえて
 「オレはベートーヴェンやモーツァルトが大好きだ」とジョセフに一方的に演説しているわけですよ。
 この場面の意味って何なのか、この場面が配置された意図とは何なのかと考えた時にこれらの事情を無視しては考えることはできないと思うんですよね。ただあまりこのMarcus Garveyとかと絡めているものが他にないので、せっかくなんで考えてみようかなというのが今回のこの記事の意図です。


 ・まず踏まえなくてはならないことは、スタンはクラシックが大好きらしいということですよね。ベートーヴェンやモーツァルトをこよなく愛し、突入前が大好きだ、突入中も大好きだがその後は退屈だ! とクラシックになぞらえるくらいにスタンはクラシックが大好きなのでしょう。
 一方のジョセフはそういう背景があるのかないのかとか考えるまでもなく恐らくはクラシックにそこまで興味はないと思います。ベートーヴェンとかの名前を知らないということはないでしょうが、だからといってスタンほど大好きだとも思われない。第一この場面でベートーヴェンだのモーツァルトだのを語るというのは、明らかにスタンという人間の思惑がそこにあり、そしてそれはいいモノだとはとても思われないということ、それが重要でしょう。一方的かつ圧倒的な立ち位置の違いがあり、それを利用して興味もない相手に延々とクラシックについて語る。それは表面的ですけど、要するに「てめえみたいな野郎の思惑はお見通しだし、仮にそうなったとしてもどうせ大したことはできねえだろ」というその読みについてスタンはクラシックを借りて言っているわけです。クラシックはそうしてここでは完全にダシにすぎなくなっているし、それそのものの地位を剥奪されている、果たしてスタンは本当にクラシックを愛しているのかどうかすら疑わしいと言ってもいいと思います。


 その一方でブラッドは部屋に合ったレコードを手に取っている。ジョセフはレゲエが好きなようです。発言権が奪われているために何も言えないんですけど、仮に言えたとしても「オレはレゲエが好きだ」なんてことはスタンには口が裂けても言えないでしょう。


 私はレゲエに詳しくないのですが、こちらのブログでレゲエの研究をされている方がいます。
 これを読むと、大体レゲエという音楽のルーツはこういう感じかなというのがなんとなく察せられます。
 白人の奴隷としての黒人、それを背景にして誕生した文化であり芸術であるらしいこと。これを見ていると、私はそんなに詳しくはないのですが、水泳にバサロというのがあったなとか。あるいはカポエラなんて格闘技があったなというのを思い出します。バサロは奴隷として両足が縛られていながらも泳いで逃げたことに端を発したものだとか、あるいはカポエラも武器を持てない人々が文化と称して踊りながらその実格闘技としての技術を磨いたというのがありましたが。レゲエも似た感じの立ち位置なんだなと感じますね。
 そうした虐げられる側のささやかな反抗としての文化があり、ジョセフという人は決してマチルダにとってはいい父だったとは言えないのかもしれませんが。でもその虐げられる側としての痛みがわかり、文化がわかる。そしてそれというのはこのブラッドという部下と分かり合えたかもしれない、そういう性質のものだったんじゃないかなと思うんですよね。そしてブラッドはレコードを見るのをやめて麻薬捜索に精を出しますが。

 ブラッドは家電品(恐らくラジオかスピーカー?)を分解します。そうすると中から麻薬が出てくるわけですが、これの意味するところはブラッドはジョセフとか相手の気持ちを察することがうまく、その気持ちに寄り添う形で「こいつならこうするだろうな」と推理し、隠し場所を探し当てたのではないかなと。ジョセフにとって音楽が「反抗」なのであれば、その関連品に麻薬を隠している可能性が高い。そしてその予想通りにこれ、恐らくスピーカーだと思うんですが、その中から麻薬を探しだすことに成功しているわけです。それというのはスタンとは違う。まるで仲間、友達、親友ででもあるかのような共感の心をたくみに使うことで相手の思惑を見破ったと考えられないでしょうか。まあそんなものがあったところで仕事だし犯罪の捜査でしょうからどこまで意味があるか、効果があるかといえば怪しいと言えるでしょうが。


 余談ですが、マチルダが銃を持ってDEAに一人で乗り込んだ時にピザがあり、
 「おい、やめとけよ毒が入っているかもしれないだろ」と止められたのに対し
 「大丈夫だ」とピザを食べようとします。これというのはそれは一応チェックしたから大丈夫というのもあるでしょうが、怨恨から一人で乗り込んでくるほど度胸の据わったマチルダがピザに毒を入れて相手を殺すようなマネ普通するかよという思いがあったのかもしれませんね。


 さて。
 このようにして本当はわかり合えたんじゃないかというような可能性とそれを踏みつぶすリアルとがあると言えます。
 この分かり合える可能性というのはレオンの一つのテーマだと言ってもいいのかなと思います。
 それはジョセフとブラッドとレゲエのこともありますが。
 マチルダはあれだけ豚呼ばわりし、嫌いだった姉だったんですけど、レオンと一緒に暮らすようになって筋トレのきつさと殺し屋生活のハードさに耐えかねてサボりたいと思ったのでしょう。
 腹筋しているレオンの横でテレビの前に立って姉と同じようなことをしています。生前はあれだけチャンネル争いをし、変わってもらえず不満を溜めこみ最低なヤツだったと言っている。 
 でもレオンと一緒に暮らし、レオンに感情を抱くようになり、そして毎日きついおもしろくもない筋トレを続ける中で姉の気持ちが少しわかるようになったんじゃないのかなと。マチルダの義理の姉は高校生くらいでしょうか。異性のことが気になる年ごろで、少しでも痩せたい、気に入られたいというおもいがあったんじゃなかったろうか。
 そういうことをマチルダは「ケツでか姉貴」と罵ったり、チャンネルを変えさせてくれない、約束を破る最低なヤツだと思っていましたけど、時間が経ち、いろいろなことがわかるにつれて姉の気持ちもわかるようになり、そして気づけば姉と同じようなマネをしている。誤解とそれから生じた憎しみがあったんですけど、時間が経つにつれてそれは共感となり、わかるようになってくる。これというのはレオンの中でもメインではないでしょうけど結構重要なところなんじゃないかなと思います。
 まあこれはここらで置くとして。


 ・次にレゲエを見て行きます。
 Marcus Garvey
 歌詞ですね。

 Marcus children suffer
 歌詞ですね

 Slavery days
 歌詞ですね


 うーんあまりよくわからんですが(笑)
 まあ白人支配への反抗とかそういう背景はありますよね。
 一方でスタンは明らかにいろいろなものを押し切って、独善的にひたすらに突っ込んでくるタイプです。差別的だし高圧的、そしてその権利があるのであれば平気で迫害をするタイプでもある。絵に描いたように支配的な立ち位置にある人間です。
 そうしたことをここですっとなぞらえさせる、あるといえばそうした「小道具」としての意味があるのかもしれないですね。








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