菜根譚44、貪らないことを宝とする(安楽を貪った劉禅の話)






 「人は貪欲になり私欲にまみれれば、剛を消して惰弱と為し、智をもって蒙昧と為し、恩をもって惨と為し、潔を染めて汚と為し、こうして一生人としての人格と品を損なってしまうこととなる。
 それゆえに、昔の人は貪らないということをもって宝とした。
 これこそが一世で、大幅にその度を越えることのできた理由なのである」


 ・貪らない(むさぼらない)ことが大切であり、それをしないということが一人の人にできる範囲を大幅に増やしたということなのだと。
 こういう例ってものすごくたくさんあるように思いますね。
 劉備だってそうでしょうし、曹操なんて領土がかなり拡大した時でさえ前線に行って指揮している。
 酒や安楽な生活を貪ることなく、浸って腐るようなことがなく、真面目でその目指すべきことに一生懸命になって成功した人、むしろ成功した後も続けた人というのは他にもたくさんいると思います。


 ・「貪る」と言えば、例えば「貪り食う」とか「惰眠を貪る」などと言いますし、他にも「暴利を貪る」とか「安逸を貪る(何もせずにのんきに安楽に暮らすこと)」といった言葉もあるようです。
 そのどれもが、例えば美味いメシや肉などを飽くことなく貪り食うように、自らの欲望に従って徹底的にそのあるものを享受し味わい尽くすかのようなニュアンスがあると思います。そこには例えば止めようとしても歯止めをかけることができないほどの激情というアクセルを強調する意味もあれば、似た感じで遠慮を一切しない、できないというような壊れたブレーキの方を強調するニュアンスもあるのかなと思います。


 飽くことなく遠慮することなく、歯止めをかけることなく味わい尽くすということが最終的には何をもたらすかといえば満足なのかなと。もう食べられない、満腹、満足となれば人はもうそれ以上を敢えて求める必要がなくなる。
 「腹八分目」とか言いますけど、限界まで貪らないことがそこで満足をしないことであり、満足を遠ざけることなのかなと思います。そしてそれによってよその分野で満足するまで飽くことなく活動することができる、言ってみれば「昇華」とか欲望の「転化」のような現象が起こると考えていいのではないかと。


 ・酒を貪り、平和を貪り、安逸を貪った人といえば劉禅(りゅうぜん)が真っ先に浮かびます。
 劉禅

 劉備の息子であり、劉備の建てた蜀漢の二代目皇帝です。
 221年に夷陵の戦いが起こり、劉備率いる蜀漢は大敗し、失意の中劉備は病死します。
 そして223年に皇帝として立ち、以後40年間この弱小の蜀漢の皇帝として立つことになります。
 諸葛亮が死ぬのは234年ですから、30年ほど諸葛亮死亡後の時期があったということになりますね。諸葛亮抜きで姜維がたびたび北伐を繰り返す状況下で30年も持つことはどう評価したものでしょうか。見ようによっては長く持ったようにも見えますし、諸葛亮が長生きしていて夷陵の戦いがなければ、もっともったはずだとも思えます。



 ・幼名を「阿斗(あと)」といいます。
 幼少期といえば、赤ん坊の時に長坂の戦いで、趙雲が一騎で阿斗を抱きながら落ち延びたということがありました。
 あの赤ん坊が阿斗なんだと。
 あの戦いの最後、趙雲が劉備に阿斗を手渡した時に劉備が阿斗を投げるシーンがありますが、あれのせいで打ちどころが悪くて阿斗がおかしくなったんじゃないかというような説もあります(笑)


 この「阿斗」というのは今ではどうしようもないヤツとか愚か者の代名詞となっています。
 阿斗


 また、「扶不起的阿斗」とすることで「助けようのない阿斗」という文を作ると、どうしようもない人物という意味になるそうです。
 日本語でも例えば「どうしようもねーなー」とか言いますが、文字通りの意味として「いかんともしがたい」とか、「何もできることはない」というような意味ではなく「こいつはマジであかん」というような意味に転ずる現象に似ていると言えるかもしれません(多分)。


 ちなみに、「扶不起的阿斗」の発音は
 Fú bù qǐ de ādǒu(フブチダードゥ)
 という感じのようです。


 ・劉禅といえば、蜀を滅ぼしたということで、三国志が有名になり劉備が苦労して作った蜀を滅ぼしやがった元凶であり暗君という評価が常について回っているように思います。
 でも中にはこういうサイトもあります。


 諸葛亮を信任し、優秀な部下にすべてを一任した決断力のあるリーダーだとも見えると。
 また早々と降伏したことで無益な血を流すことを回避したのだと。兵士も民も苦しまずに済んだ。
 さらには40年も皇帝を務め上げたのは他に例のないことなんだということが書かれています。
 ただ酒を飲んでただけじゃないんだぞという感じですね(笑)


 ・魏に降ってから後も、
 「どうですか、蜀は恋しいですか」
 と問われ、
 「いやいやここは楽しい、蜀が恋しいとは思いません」
 と答えて、魏の武将も蜀の降将も皆一同唖然としたようです。


 どんだけ暗愚で、感情とか思いやりがないんだと。
 酒を貪り、安楽を貪り、とうとう人としての情すらなくなったのかと。
 これじゃああの諸葛亮が生きていても事態は変わらなかっただろうと。
 敵であったはずの魏から見ても、こりゃ相当ひどいぞと。


 ・一方で、こういう話もあります。

 そのまま引用しますが、諸葛亮が死んだ時に李邈(りばく)という者が劉禅に言ったのだと。
 「「諸葛亮は大軍を率いて隙をみて裏切ろうとしていた節があります。彼の死は皇室御一家にとって禍が去り、安泰になった証拠であります。これは国中で祝賀すべきことで、葬儀をすべきことではありません」と述べた。激怒した劉禅は彼を即座に処刑した」


 これって結構意外な話なんじゃないでしょうか。
 あの劉禅が激怒して臣下を斬るということが他にあっただろうか。
 諸葛亮という人を侮辱され、聞き流すことができず激怒して臣下を殺すというのは他にあまり聞かない話だと思います。劉禅という人に関してはいろいろな意見がありますが、その中でも劉禅という人の感情や真意というものが感じられる数少ないエピソードではないかと思います。


 ・ということで最初に戻りますが、貪らないということであれば父である劉備なんかはまさにそうでしょうし、刻苦勉励して苦労して頑張った例はいくらでもあるでしょうが、劉禅はそうではない、むしろかなり貪る側の人だったと言えると思います。まあ仕方ないと言えば仕方ない。物心ついたときは既に劉備という偉大な父がおり、その息子で次代の皇帝となる運命ですし、嫡子として尊ばれ何不自由ない暮らしをしてたんだと思います。
 恐らくはその人生で苦労をする暇がなかった。


 魏に降ってからも本当に仕方ないヤツだなとしか思えないんですけども、でもそういう人間が諸葛亮をバカにされて怒ってその武将を斬るという一面を持っていたこと。そういう感情を持っていたんだなと。諸葛亮のこと結構好きだったんだなと思えたら、ちょっとだけ救われるような気がします。
 ああ、「劉禅の中にも五分の魂」があったんだなあ、とちょっと言ってみたかったという話ですね(笑)




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