菜根譚39、君子と反君子(韓非と張儀の話)






 「十の言葉中九が的中しても、人は必ずしもそれを称賛しない。
 一つでも当たらなければ、外れたというそしりが集まってくる。
 十のはかりごとで九当たっても必ずしも功績となるわけではない。
 一つでもならなければ非難の声が集まってくる。
 君子というものが黙して多言であることがなく、拙ではあっても巧でない理由である」



 ・これは世の中の真実であると思いますが、わたしはこれに結構反対です。
 要するに「出る杭は打たれるのだから、余計なことを言わないのが賢い」そうやって世の中に様々な問題は湧き起れどオレの感知するところじゃないと関わらない例がいかに多いことか。
 言わない、思わない、行わない。
 それが本当に賢い態度なのかどうなのかです。


 曹操陣営では積極的に意見を採用する流れがありました・今まで言っても使われることがなかった知者はこうして曹操の元に集いました。あるいは諸葛亮も劉禅に「出師表(すいしのひょう)」を示して、先帝である劉備の恩に報いるために曹賊を除かんとすべく北伐を開始することを言上します。忠言は耳に逆らうと言いますが、いくら大功ある諸葛亮でも差し出がましいことを言いやがったという風潮は少なからずあったことでしょう。
 出る杭は打たれるから打たれないようにしよう、ではない。
 それは嚢中之錐(のうちゅうのきり)なんです。
 嚢中之錐

 錐のようにとがったものを袋に入れればいやでも袋には穴が開く。本当に才ある者はイヤでも出てくるし、そうした者の意見を積極的に取り入れ、聞こうとする風潮というのはあるわけです。言っても聞かれなければ消えるだけだし、聞こうとしても言われなければそれも結局は何も起こらない。そうしたことはたびたび起きてきたわけですが、時折その両者がともに一致することがあった。それが曹操陣営でもあれば、諸葛亮のいる劉備陣営でもあったと言うことができるでしょう。


 ・では元に戻りますが、この段で言われるような「君子」とは果たしてどのような形であったろうかを模索してみることにしましょう。
 一つでも外れれば人々から言われるのだからとにかく言わない。言わなければ当たることもなければ、そもそも当たらないこともない。ならば人からとやかく言われることはないでしょう。
 つまり沈黙は金ということになります。
 そして小細工を弄してうまく立ち回ったりしない。小賢しいマネをしてうまい立ち回りを教えたりしない。例えば「曹操攻略法」とか指南してバレて睨まれるようなのは最悪です。巧さもバレてみればあざとさが目立つようになる。
 立ち回りとか考えず、小細工を弄しないことが恐らくは君子の条件なのでしょう。拙さというものは、朴訥としており素朴さを感じさせますがまあそれもあまりにうますぎるのよりはいいなと。


 そうなると、君子というのの正反対、反君子は楊修(ようしゅう)なんかはピッタリ来ますね。
 曹操の口にした「鶏肋(けいろく)」という言葉一つから意図を汲み取りよくしゃべり、曹植(そうしょく)に対しては曹操との問答の攻略を考案し与える。おかげで曹操の逆鱗に触れてあっさりと斬首されてしまいます。人材コレクターであるはずの曹操が頭が切れすぎる人を斬った例は稀有だと言えるでしょう。
 鶏肋

 「雉も鳴かずば撃たれまい」というような話ですが(笑)よく喋るし小細工は弄するしというわけですが、でも他にそういう例もなかなかないので、ある意味かなり優秀な人だという気はします。


 ・では沈黙は金であり、小細工は弄したりしないとなると誰がくるか。
 私は韓非(かんぴ)だと思います。「韓非子」を書いた人ですね。
 韓非

 韓の公族であって、吃音で喋るのが非常に苦手な人だということですが、でもあまりに頭がよかったので意見を求められたら竹簡に書いて主君に見せることが唯一認められていたと。そのくらい頭がよかったようです。沈黙は金とは言いますが、本当に喋らなかったし喋るのが苦手だったと。


 その著作である「韓非子」を読んだのは隣国の秦王である政でした。よりによって韓を圧迫する立場の者がその著書を読んで感銘を受けるという皮肉な話ですね。
 あまりに感銘を受けたので韓から連れてこいと言われてやってきましたが、ここで秦の宰相である李斯(りし)によって讒言を受けます。
 そして秦王も、この韓非を斬首するのはあまりにももったいないとおもったのですが、まあ著作があれば著者はいいかと思ってあっさり斬首してしまいます。
 もしもこの韓非が「君子」でなく、自分の言葉で即興でいろいろ言えるような張儀のごとく口が立つ男であり、処刑されないようにいろいろ小細工や根回しできるような人物であったならばこうはならなかったと思うのですが。残念ながらそのどちらも得意ではなかったしよりによって隣国である秦だった、さらには秦王が政という変わった人だったというのも悲劇に繋がったのだと思います。自らの弁明もできず、工作をする暇もなく斬首されることになりました。


 かつて秦の宰相を務めた張儀なんて自分を恨んでいる楚に行って幽閉されるのですが、口は立つし楚王の寵姫に贈り物を贈って助命嘆願に成功しますし、あっさり楚から脱出しています。反君子もいいところですが、処世術に長け世渡りがうまいとこうなるんだなあという見本みたいな話ですね。
 それに比べれば韓非のいかに沈黙であり世渡りの下手なことかと思いますが、そこは張儀が別格であるせいなのかもしれません。
 ということで君子と反君子として考えてきましたが。そのくくりにも関わらず君子であるはずの韓非はあっさり死に、反君子である張儀は長寿を全うしています。張儀が理想であり韓非はダメな例だと結論を出したくはないのですが、君子もわからんでもないですけどある程度口が立つことと世渡りのうまさとはやはり結構必要だなと思っておきたいところです。




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