菜根譚29、罪の話(韓信は罪を犯したろうか)






 「肝臓が病になると目が見えなくなり、腎臓が病になると耳が聞こえなくなる。
 病は人の見えないところに受け、人に見えるところに発するものである。
 なので、君子たる者罪を人に見えるところで受けたくないと思えば、人に見えないところでも罪を得ないようにしなくてはならない」


 ・「火のないところに煙は立たぬ」と言いますが。
 人に見えないところでも犯した罪はいつか姿を現すのだと。
 バレないと思って火遊びしていても必ずやいつかは大火になり誰にでもわかるようになる。
 だからこそ人に見える見えないではなく、そもそも罪を犯さないようにしなくてはならないのだと言うわけです。


 孔子なども、「渇しても盗泉の水を飲まず(かっしてもとうせんのみずをのまず)
 と言っています。
 「渇しても盗泉の水を飲まず」

 喉が渇ききって水を持ってきてくれる人がいたと。でもこの水はどこから汲んできたのかと言われれば、「盗泉からです」と。別に盗んできた泉という意味ではなく、そういう名前だっただけですが
 「いや、そういう名前の水を飲むと身が汚れる」
 と断って口にしなかった。
 意固地にも見えますし、少々やり過ぎではないかとも思えるのですが、盗泉から水を飲んだということに尾ひれがついていき孔子が水を盗んだらしいとでもなれば非常に厄介ということでもあるのでしょう。
 「悪事千里を走る」とは言いますが、悪い話は次々と肥大化していき手に負えなくなる。
 一方いい話はここまで肥大化したり尾ひれがついたりはしないものです。
 さらにはそれが誤解だったということが判明した後でさえ、その印象は残る。これがまた厄介で、盗んでいないことが分かった後でもあいつは盗むようなヤツだという印象は残り続ける場合も多々ありますし、つまりそういうレッテルですね。そういうものを貼って我々は識別したがる生き物でもあるということなのでしょう。一旦貼られてしまったレッテルを剥がすことは決してそう容易ではない。そうなると、この「盗泉」という名前の泉を飲んだことによるダメージというのがいかに甚大なものになり得るか。それがここでの問題だと言っていいでしょう。孔子が出てからこの菜根譚が出るまで2000年以上の時間が流れているでしょうが、相変わらずこの問題について言われ続けているというのが非常に重要だと言えるでしょう。言われながら結局同じことが続けられている、つまり歴史は繰り返すということなのでしょう。


 ・韓信は若いころから「股夫(こふ)」と呼ばれていました。
 若くて貧しく名もない頃から剣だけはいいものを持っていたのですが、ある時その剣は飾りか、お前にオレを斬るだけの気概があるなら切ってみろ、もしできないならオレの股の下をくぐれと言われ、韓信はそのまま股をくぐったということに由来するものです。これによって韓信は多くの人々にバカにされ、いい剣を持っていながら人を斬る気概もない男だとみなされました。
 韓信の方では、切るのは容易いがそれでは追手がかかる。そうなっては全ては台無しになる。大志を持つのであればこんなくだらないことでかっかして切ったりしないべきだと冷静に考えていたのですが。しかしそうした思惑と世間の韓信を見る目とは全然違った。韓信はここから剣を持ちながら侮辱され相手を殺すこともできない臆病者とみなされ、嘲りと侮蔑の念を込めて「股夫」と呼ばれ続けることとなります。どこへ行っても誰もが「股夫」の名を知っていました。そうしてどこへ行っても一生嘲られ続け、侮られたことが韓信の兵法にとってはプラスな方に作用するわけですが、韓信にとってはどうだったろうか。苦痛だったか、それともラッキーだと思っていたのかはわかりませんが、とにかく韓信がその状況を徹底的に利用したのは間違いないことでしょう。


 ・じゃあ韓信の行いは罪だったろうかということです。
 殺すのは当然罪ですが、じゃあ侮辱されて怒って相手を殺さないのは罪だったろうか。男らしくない、相手を殺すだけの気概もないと嘲笑されるのは罪だったろうか。例えば呉起も若い頃に人殺しをしましたが、そのせいで地元に帰るのはひどく苦労をしたものです。じゃあそれを踏まえれば殺さないということはより良い選択ではなかっただろうか。より賢い選択のはずではなかったか。
 恐らくは殺すことは罪なんですが、かといって怒って決闘を挑まないことも同様に罪だったと言える風潮があったと思います。そんなにどっちを選んでも地獄……とか考えられる人も多くはなかったし、何より普通に侮辱されて普通に怒ることのできる頭を持っていることも大切だった。義侠心とか私憤とかもけっこう持て囃されていた……これは日本でも明治の初めまでは「敵討ち」ということが持て囃されていたことと決して無関係ではないでしょう。法律とは別なルールがあり、それもまた大きな力を持っていたわけです。韓信のこともそういう風に解釈できるのではないかと思います。




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