菜根譚24、念頭の濃淡(劉備の滅亡と、反董卓連合)






 「念頭の濃い者は、自らを期待することも厚いが他人を期待することも厚く、処するところ皆濃いと言える。
 一方年頭が淡い者は、自らを期待することは薄いが、他人に期待することも薄く、事において皆薄いと言える。
 従って君子たる者は立ち居振る舞いや嗜好に関して非常に手厚くしてはならず、また極端に無いということもないようにしなくてはならないのである」

 ・「念頭」と原文にありましたのでそのまま用いました。
 念頭と言うと日本語でも「念頭に置く」というような言葉があります。常に頭の内に入れておくとか、心の中に思っておくというような意味ですが、じゃあ念頭とはというとなかなか出てきません。
 ここは一応、「心」とか「胸の内」とか「情」という程度で考えるといいのかなと。
 そうなるとここは情の厚い者と情の薄い者という感じで捉えると良さそうです。


 ・基本的に三国志の登場人物は情が濃いか薄いかに大きく分かれると思います。
 国のため、義兄弟のため。そうした思いが行動の原動力になっていることが多い。
 そうしてプラスに見ればそれによって一致団結し、集団を作り、国を作るわけですが。
 それも行き過ぎれば国を亡ぼすことにも繋がるわけです。
 劉備は関羽・張飛と義兄弟の契りを結びます。そうして各地を放浪した末に益州に蜀の国を作ることに成功します。
 ところが呉との間に問題が起こり、関羽は殺されます。
 そして敵討ちだと思っていたら今度は張飛が部下に殺され、その部下は呉へと亡命します。
 こうして復讐の怒りに燃える劉備は自ら先頭に立ち、呉へと戦いを挑みますが夷陵の戦いにおいて蜀は大敗します。多くの優秀な将兵が火に巻き込まれ、蜀はこの後衰退の一途をたどることとなりますし、また蜀の中核にいた劉備も心労のあまり病没することとなります。


 情の厚さはこうして国を作るほどの原動力となるわけですが、同時に蜀に大きな痛手を与え滅亡を招いた元凶だともいえなくはない。情という者にはそういう側面があるし、またそうした事態に繋がるだけのエネルギーがあると言えるでしょう。
 国を興すのも、滅ぼすのも情ですし、それが非常に分かりやすい形で出ているのが蜀という国でもあると。


 ・じゃあ情が薄ければどうだろうか。
 国のため、義兄弟のためという情や熱量で国が起きることがあるわけです。愛国の志が国を保ち、守り、そして滅亡までもたらす。
 じゃあ情が薄ければ?
 愛国心などないけど金だけもらえれば働くよ、褒美さえあれば、官位さえいただければ。そういうのが情の厚いグループの対極に位置するものだと言えるでしょう。
 傭兵部隊みたいなものですし、情以外の別の要素で結びつく組織なわけです。


 ・三国時代にまだならない時期であり黄巾の乱が終わった後の時期に、反董卓連合軍というのができあがります。
 皇帝を擁立し好き勝手する董卓に対して各地の諸侯が立ち上がり、この董卓に対して一矢報いようというのがこの組織でした。
 この中核を成したのは袁紹(えんしょう)でした。

 袁紹

 後に官渡の戦いで曹操に敗れ、滅んだ「華北の雄」としても有名です。
 この人がリーダーとなり、反董卓連合は成立し、董卓への攻撃は開始されましたが。
 ところが補給は来ないし、援軍も送られない。
 起きることは足の引っ張り合いなわけです。
 なぜそうなるのか。
 反董卓連合が成立し、見事に董卓を倒すことが成功したとしましょう。
 その後どうなるのか。
 今度は一生懸命働いて傷だらけになったヤツを、これは好機と見て潰すという潰し合いが起きるのは間違いない。
 そうなると今後の憂いとなりそうなヤツには早々と潰れてもらい、自分は無傷でこの戦いを終えたい。そうした流れが巻き起こるわけです。こうして「反董卓」であり「皇帝を救済する」という旗印で集まった一同は、他人の不幸を喜び足の引っ張り合いをする組織に様変わりしてしまうことになります。
 いや、化けの皮が剥がれたというべきか。愛国ではなく野心、他人の栄光ではなく不幸を望むような組織でしたが、一応は董卓を追い払うことができ、連合軍は解散します。そして野心は剥き出しになり、各国が各々殺し合いをするような事態になっていくわけです。


 孫堅(そんけん)などは虎牢関(ころうかん)を攻めた勇将でしたが、孤軍奮闘した末に軍はボロボロになります。そして弱ったところを劉表とその部下の黄祖(こうそ)によって攻撃され、命を落とします。


 ・こうして情の厚さと薄さについてみてきましたが、このどちらについても偏ってはいけないんだと。
 厚すぎてはいかんし、薄すぎてもいかん。
 かといってそのどちらかしかもたないということもダメだし、そのどちらの要素をも兼ね備えていくことが重要だと。そして場合に応じてそのプラスの面を引き出していけるというのは大切ではないかと思います。
 義兄弟を殺されて復讐の心に燃える……かもしれないけど、一旦立ち止まって諸葛亮の助言を聞いてみようとかと。
 他人が潰れてくれてラッキー、オレの地位は戦わずして消耗することなく上がる……けど、でも援軍を送って恩を売っておくのも大切なのではないかとか。
 そういう方向性であり、違う選択肢というのを持ちたいものだと思います。







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