菜根譚23、弟子の教育(孫臏と龐涓の話)






 「弟子を教育するのは深窓の令嬢を養育するようなものであり、出入りを厳重にして交友関係を厳しく注意することが最も重要である。
 もし一たび卑しい人間に接近するようなことにでもなれば、これは清らな田に一粒の不浄の種を植えるに等しい。
 いったんこうなれば、一生良い稲を収穫することが難しくなる」


 ・これは私も非常によくわかるなと思います。
 弟子についてはわかりませんけどね(笑)


 私の周辺も優れた人材が多いと思ってみていたんですが、じゃあ未来はみんなバラ色だったかと言えばなぜかそういう風には転ばなかった。
 優れた才能や秀でた才能自体は多い。でもそれをじゃあどのように発揮するかということはかなり難しい問題なんだと思います。どこに天井が来るかということですね。
 悪いヤツに騙されてすっかり性根がひん曲がったヤツもいれば、うだつの上がらぬまま搾取され続け一生こんなもんだと思っているヤツもいる。輝かしい才能がありながらその場に落ちついているなんてのはまだ全然いいもので、その才能を発露する先を見つけられないまま10年20年と腐っているヤツもいる。この世界には様々なところに天井もあれば障害もあり、そう簡単には事態は転ばないと言うのは簡単ですが、そうではなくその才能を発揮してもらっては困るという流れがあるというのは重要だと思います。
 本当に持てる才能を発揮されたら霞んでしまって困るヤツというのは非常に多い。だとすれば表の仕事と裏の仕事があり、他人の才能を潰すこともきちんとした仕事だと言えるわけです。これは結構合理的な話であり、戦国策なんかではいかにそう見せることなく他人を潰すか、そしてその流れから逃れるかということがテーマだったり場面もあったりする。
 かくしてこの世はいかに自分が輝くかであり、いかに他者を輝かせないかということでもある、そこに尽きる……と言えるでしょう。


 プラスなことをすればそれがプラスだってのは単純です。
 でもそれと合わせて、足の引っ張り合いであり、後ろ向きな努力をいかにしないか。いかにマイナスなことをしないか。それによってマイナスがないことによってもたらされるプラスというのがあるということ、マイナスを減らすことによるプラスがあるということ、これが重要ですね。こういう世相というのは2000年3000年経った現代日本でも全く無縁ではないと思いますし、むしろかなり身近で重要なテーマなんじゃないかと思います。本来はですね。そんなに生易しくなく単純でもないところに我々の社会はあるんだと。


 ・言ってみればこれは多分に政治力的な分野になると思います。
 直接政治とは関係ないとは言えますけども、人と人との持つ関係がある。
 それによってスムーズに流れる部分もあれば、全然そうでない部分もあるわけです。
 いつもよくしてもらってるから、難しいけどがんばろうとなることもあればいや悪い目に遭ってるからそんなことをする義理はないという流れにもなる。そうした関係性であり、いわゆる「人脈」的な言い方をされるところにこれがあると言える。いい人と付き合っていい影響をし合うか、それとも悪い関係で悪い影響をしあうか。
 そんなことはパッと見にはわからないわけですけど、しかしその差、その結果の差は最早千差万別だと言えます。


 ・孫臏(そんぴん)という人物がいました。
 孫子の兵法で有名な人だと言われていましたが、最近になって孫子の兵法とは別にある孫臏兵法の著者だということが判明したのだそうです。
 孫子の兵法は、呉に仕えた孫武の兵法らしいと。


 孫臏の同門には龐涓(ほうけん)という人物がいました。龐涓は優秀でしたが、孫臏の方が常に優秀でありいつも遅れをとっていたために龐涓はいつしか恨みや妬みといった感情を持つようになります。
 龐涓は魏に仕官しますが、その後孫臏も魏に仕官することになります。
 しかし孫臏は龐涓によって罠にかけられます。
 殺されかけますが、孫臏は機転によって命だけは助かりますが代わりに両足を切断されることになります。


 その後斉へと亡命し、田忌によって拾われ、斉では田忌の軍師として活躍します。
 桂陵の戦い(けいりょうのたたかい)においては魏軍を徹底的に破りますし馬陵の戦い(ばりょうのたたかい)では龐涓も打ち取ると。こうして二度も大敗した魏は国力を大きく落としていくことになります。


 ・孫臏も優秀だったのでしょうが、まさか学友である龐涓に裏切られ命を落としかけるとは思いもしなかったでしょう。
 そして両足を切断され、絶望し、さらには騙した龐涓への恨み憎しみを募らせる。
 でも彼の場合はそこで性根までひしゃげることがなかった。恐らくは彼には兵法という寄る辺があったのが大きいと思います。やり場のない感情の渦を兵法に向けて思う存分昇華することができたのでしょう。それが最もいいとは思いませんが、孫臏の兵法はそれによってより冴えわたり力を発揮した、さらにその真価を発揮したと言えるのではないかと思います。


 じゃあこの話を通して、「本当に才能があればその障害すらものけてしまうはず」と言えるだろうかといえば、なかなかそうは言えません。孫臏だって一度は処刑されかけたわけですし、もしも殺されていたらそもそも歴史に名前は残らなかったでしょう。そしてそうした例が歴史上いかに多かっただろうかということでもあります。
 孫臏と龐涓の話は確かに個別具体的な話ではありますが、この話を通してこういう話が歴史上いかに多いかについて思いを馳せるべきでしょう。そしてもしも孫臏がそのまま殺されていたら、そもそもこの話はなかったわけですから。


 ・さてどうまとめたものかと思っているのですが(笑)、孫臏の場合は龐涓によって罠にはめられそれによって才能を大きく伸ばした面は少なからずあると思います。個人の幸不幸は抜きにしても、確かに龐涓によって孫臏の才能は開花したと。だからといって龐涓を褒めるというのは筋違いでしょうが。
 いいことがあって伸びる場合は最高ですが、人生そうとばかりは限らない。
 いいことがあって油断してたわむ場合もあるでしょうし。
 悪いことがあっても、こうして才能を発揮した孫臏のような例もあると。
 かと思えば、悪いことによってひしゃげるなり、処刑されるなりして名も残すことなく消えた場合も少なからずあると言えるでしょう。
 人生いろいろありますが、良くても驕らず、悪くても腐らず、という精神でありたいものですね(笑)







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