菜根譚21、欲望と頭の良さ(三国志の時代の話)






 「利欲は必ずしも心を害するものではないが、意見とは心を害する害虫となるものである。
 感覚は必ずしも道の妨げとなるものではないが、聡明とは道を遮る障害となるものである」



 ・一応解説書には「意見」とは意固地な意見であり、「聡明」とは生半可な聡明さのことである、とありますがここでは原文をそのままにしました。
 欲望とは必ずしも悪いものではないんだと。確かにあれは欲しい、これが食べたいというような気持ちが事態を進める上での原動力となるということはあります。欲望を満たせば、また新しい欲望が頭をもたげる。凄まじく強い吸引力と言えるでしょうが、終わってみればあっさりと切り替えられる。強い力ではありますが、かといってそれに引きずられるほどではないと。
 でも「オレはこう思うんだ」という意見、それに対する強いこだわり、となってくればどうか。否定されればされるだけますますそれにこだわり、執着し、そう簡単にそれから離れることができない。じゃあそれを徹底的に推し進めるとして、本当にベストな結果となるのかどうかもわからない。でも人はそれが満たされるまではついごり押しで話を進めてしまいたくなる。多様性を無視し、つい唯我独尊に傾いてしまう。意見にはそういう性質があると言えます。

 ・曹操は漢中を制覇しました。隴西(ろうせい)地方を手中に収めて、このままの勢いで蜀に攻め入ってはいかがかと司馬懿は曹操に提案します。
 それを聞いた曹操はこのように言います。
 「隴を得て蜀を望む」
 隴西地方を得れば今度は蜀が欲しくなる。
 人の欲望には限りがないものだ、だからここらへんで抑えておくのも大切だ。曹操はそのように言い、司馬懿の提案を却下します。
 一応この話ですが、曹操が都を開けすぎると誰が裏切るかわからないんだと。
 つまり司馬懿が既に手を打っていてその上で曹操に提案し、曹操もうすうすは司馬懿の企みを気づいていたからこそこうしてやんわりと言ってはいる、しかしその思惑はオレは知っているんだぞということを司馬懿にほのめかす意図があったんじゃないかということも言われてはいます。まあ曹操はここで引き返したので本当のところはわかりませんが。
 また、この話はもともとは前漢の光武帝らしいですが、ちょっとそっちはあまり詳しくないので触れるだけとします。


 ・後半部分ですが、前半部分とかなり近いなという感じです。
 感覚、つまり性欲や食欲、音楽を楽しむ心。そういう感覚は道を必ずしも遮るものではないが、しかし下手に聡明、つまり頭がいいと道の障害になるのだと。
 確かに私たちは下手に頭がいいときがあります。
 ポテチとりあえず半分食べようと言いつつ、半分までくるといやここまできたらもう一袋まるまる食べても変わらないだろうとか(笑)
 一袋食べ終わってみれば二袋食べても変わらんだろうとか(笑)
 食べた後に後悔しつつ、まあダイエットは明日からとか言うしなとか(笑)
 欲望は悪くない。
 でも下手に頭がいいと事態は厄介なことになると言えます(笑)
 つまり、欲望は火に近いんです。ちょっとやそっとライターで火をつけたところで大したことにはなりませんが、下手に頭が良いと、その火にあたかも油を注ぐかのような事態をもたらすと言えるでしょう。


 ・頭がいいとはなんだろうなあと思うんですが、三国志の時代の乱世ってかなり頭がいいと思います。
 隣の国が窮乏してればこれは好機と攻める。
 様々な理由をつけて脅したりもあるんですが、とにかくそうして機を見ること、好機だなと思ったら攻めるということ、それによって利益を最大化するということ、そこには秀でたものがあると言えます。まあそれというのはかなり動物的ですよね。手負いのヤツがいれば、優しさを与える以上にこれはチャンスと見て襲い掛かる。
 董卓、呂布、袁術。
 そうした機を見て攻め込む場合は多いし、攻める人も多いと言えますが、でも彼らは皆滅んだわけです。


 なぜ滅んだか。
 他者の弱みに付け込むということは、油断も隙もないと警戒されるからでしょうね。
 そしてそういう非人間的なことをするヤツなんだと思われる。信用をなくす。
 そして弱った時には助力を得られず、断られて孤立化し、滅んでいくわけです。


 土地を欲しいと思う。領土拡張の欲望がある。
 それは必ずしも悪いことではないわけです。
 でもじゃあどういう土地の取り方をするか。
 土地の拡張という欲望と、周囲からの信用ですよね。これにどのように折り合いをつけていくか。
 下手に頭がいいと、算数的に物事を直観で見れると、1+1=2式になり当然打つべき手は一義的に決まっていきます。でもそうなると信用を失いかねない。孤立化し死にかねない。
 それを思えば機を見ること、読んでベストな手を打つことにもう一つ別の意味合いを追加しなくてはならない。


 好機なんだけど、でも攻めない。殺さない。
 そうした態度も必要になるわけですね。


 ・例えば前にも出しましたが、曹操は中国の2/3を治めるほどの凄まじい野望と実力とを兼ね備えていたわけです。
 でも死後30年で曹一族は皆殺しに遭っています。
 そして司馬懿によって魏は乗っ取られることになります。
 では曹操のしてきたこととはいったいなんだったのだろうか。


 かと思えば司馬懿、司馬昭、司馬炎と西晋は続いていきますが、中国を統一した後結構早い段階で滅んでいます。
 そして後世には凄まじい悪名が残っています。
 自分を取り立ててくれた曹操に恩を返すどころかその一族を皆殺しにしていること。
 そして魏を乗っ取って自分の国としたこと。
 確かに司馬懿は頭がよかったといえる。そんなことは数いる魏の臣下たち、蜀でも呉でも、人はたくさんいますができなかったことです。
 魏を骨抜きにしていき、とうとう国を乗っ取ってしまう。非凡というほかない。


 でも本当に司馬一族は勝者だったのだろうか。
 だとすればなぜ後世に渡るまでこうも悪名を残し続けるような事態になったのだろうか。
 頭が切れて冴えわたっていたのは事実でしょう。
 でもじゃあ頭がいいとは一体どういうことを意味するものなのか。
 まあこうやって曹操と司馬一族について考えるのは趣味みたいなものなんで(笑)、ここらでやめときますが。
 でも言うほどじゃあ頭のすごくいい曹操や司馬懿なんかと、頭のいい董卓や呂布、袁術なんかってものすごく違っているとは私にはあまり思えないんですよね。
 「頭の良さ」と一口には言いますけど、決してそこまで見通した上での頭の良さを意味するものだとは言えないということは重要なんじゃないでしょうかね。





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