菜根譚18、初心と末路(張良と章邯の話)






 「事業が窮まって勢いが伸び悩んだ人は、その初心に立ち返ってみるべきである。
 功を為し遂げすべきことが終わった人は、その末路に思いを巡らせることが重要である」


 ・事業をやり尽くしてしまった人の末路について、ですが。
 まあ言ってみれば潮時の見極めみたいな話でしょうかね。


 「狡兎死して走狗煮られ、高鳥尽きて良弓藏る(こうとししてそうくにられ、こうちょうつきてりょうきゅうかくる)
 という言葉があります。
 目的のウサギが取れたら猟犬は不要になるので鍋で煮られる。
 高いところを飛ぶ鳥もすべて取れてしまったら、そのためのいい弓であってもお蔵入りしてしまうと言っています。
 目的を果たしてしまえば、用済みとなるのだと。


 ・これは韓信の例がぴったりくるでしょうね。
 韓信
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E4%BF%A1

 楚漢の戦いで漢側を率いていた将軍ですが、連戦連勝で当時無敵だった難なく楚も打ち破ってしまいます。そして項羽は死に、平和が到来しますが。漢の劉邦(りゅうほう)は戦後この韓信を最も恐れたので、誰よりも早く殺害されることになります。
 途中で斉王になりたいと言って劉邦によって斉王にしてもらいますが、その時楚の方から交渉を持ち掛けられます。
 「漢の劉邦が信用できる人間ですか。楚と組んではいかがでしょうか」
 韓信は、自分が楚にいた時はことごとく献策は踏みにじられ自分は一兵卒に過ぎなかった。漢に行ったら大元帥になった。この差はどうだと使者にいいます。
 何も言えなくなった楚の使者はそのまま去りますが、ここで蒯通(かいとう)が横から出てきて言ったのがこれですね。
 「狡兎死して走狗煮られ、高鳥尽きて、良弓藏る」です。楚はこのまま滅亡するでしょうが、その後はどうなりますかと。恐れられて殺されるだけのこと、それなら独立して第三の勢力を作りましょうと蒯通は提案します。でもここまでやってくれた漢王を裏切れないということで韓信は結局そのまま漢の天下統一に貢献します。そして真っ先に殺されることになると。

 ・これと対照的なのが張良でした。
 張良
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E8%89%AF

 先日は張辟彊(ちょうへききょう)の父ということで紹介しましたが。
 この張良は韓の公族の出身です。
 韓は秦の始皇帝によって滅ぼされましたが、その後始皇帝への復讐を誓って行動していました。
 ある時とある老人から「六韜三略(りくとうさんりゃく)」(「黄石公三略(こうせきこうさんりゃく)」とも言います)を渡され、これによってすっかり人が変わったようになります。
 それまでは率先して暗殺とかを行おうとする行動派というか過激派みたいな人でしたが。どっちかというと文武のうちの武の方であり、武闘派って感じでしたが。この出来事があってからは動かずして計略を練り事態を動かすというような方向性を持ち始めるようになります。


 そして劉邦のために働き漢の統一に大きく貢献しますが、戦後は領土も恩賞も断り、大した褒美をもらうことがありませんでした。
 しかしこれは「功績が大きい者はその後が危うい」ということを熟知していたからだといえるでしょう。
 韓信は真っ先に殺され、蕭何(しょうか)は疑いの目を向けられながらもなんとか生き延びましたが、張良は戦後はとくに誰からも睨まれることもなく余生を過ごしていくことになります。
 やらなくてはならないことがあるとして、そのことに対して「優秀」なだけの人は非常に多くいます。でもそれが終わった後がいかに身が危ういか。そのことに対する危機感があり、歴史があり、そして身の処し方がある。ここまで先を見通すということは、それだけ張良は他の人よりも一歩抜き出ていたといえるのではないでしょうか。


 ・ところで、行動を興してそれが軌道に乗り、順調に成長しているときというのはまるで青竹が成長するように伸びていき、その伸びっぷりときたら非常に気持ちのいいものだと思います。
 でもいつまでもその成長は続かない。行き詰まり、伸び悩み、もうちょっとなんとかならんかなと不満を持ったりする。そういう時は初心に立ち返ってみろというわけですが。

 これというのはうまくいかない時の、なんでうまくいかないんだという不満や焦り、そこから引き起こされる失敗、そして起こる失敗の連鎖、そもそもそうして続けることによる仕事上での悪習慣、そういうものを断ち切ろうという方向性が非常に強くあるものだと思っていいと思います。
 「初心忘るべからず」とか言いますが、ではこの場合の初心とはなんであるかといえばなんかそっちの意味はちょっと薄いかなと思いますね。初心忘るべからずの時の初心って、最初の思いというかこうなりたいです、こうありたいですという意識とか抱負が優先される傾向が非常に強いと思います。でもこの場合の初心っていうのはそういうものなのかといったら少し違うのかなと。そもそも一番最初というのは、経験がない。やったこともないしこれからどうなるかも予測がつかないものです。そこには不安もありますが、同時に新鮮さもある。それというのは意識下であるというよりは、かなりの部分感情下でのことだと言っていいのではないでしょうか。
 それは果たして順境なのか、逆境なのかといえば本来はかなりの逆境を意味するはずです。ところが初心では逆境を感じることは少ない。一番最初が肝心だといくら気を引き締めたところで、気を張っていてもそうでなくてもわからんものはわからんわけですから。でもそれというのは本来は凄まじい逆境なんでしょうが、そう感じることが少ない。むしろ経験があり、いつもの状態がよくわかるほうがこれは流れが悪いなというその逆境の強さは感じやすいわけです。
 順境だとか逆境だ、なんていくら言われたところで最初の人間にわかるはずもないわけですから。


 ・ではそれを思えば初心とはなんであるかといえば、かなりそうした順境であったり、逆境であったりするところのものを外すというニュアンスがあるのではないかと思います。境遇というところのその「境」ですね。順境である、あるいは逆境である。そうした「境」に思いを馳せることができる、流れをその「境」に引き付けて考えることができる。そういう境遇というのがわかるというのを、いったん外せと。忘れろ、あるいは見るな。リセットしろ。そういう意味合いがかなりあると思います。
 なぜそうなのかといえば、この「境」から考えるということはかなり頭でっかちなことだからじゃないでしょうかね。順境だったら喜び、逆境であれば悲しむ。そういう風に事態を捉え、そういう風に思う、そのことが既に即物的ではないと。毎回毎回その流れについて思いを馳せては一喜一憂しているわけです。
 それによって新鮮さを得ようというものではなく(得られたらそれはそれでいいのでしょうけども)、「境」を外すのだと。


 ・直接行き詰ったので初心を思い出す……という話ではなですが、その「境」について考えてみようかなと。
 項梁(こうりょう)という武将がいました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%85%E6%A2%81

 楚はもう滅んでいましたが、項燕(こうえん)という名将がおり、その末子に当たる人物だったそうです。
 そして項羽の叔父でもあります。
 この人は楚を興し、秦による支配と戦おうとしますが。
 それを迎え撃ったのは、章邯(しょうかん)という将軍でした。
 章邯
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%A0%E9%82%AF

 章邯は勢いが盛んな楚に対し、わざと敗走し続けました。
 これによって項梁は秦を侮るようになります。最初はあれだけ抵抗していたのに、今や楚を見るだけでも怖気づいて逃げ出す。これは楽勝だなと思うようになります。楚が秦を倒すのも時間の問題だと思うようになりましたが、実際にはこれは章邯の作戦でした。
 すっかり侮って油断していたところを章邯は襲い掛かり、項梁の殺害に成功します。


 これをどうやって防げたかといえば、「連戦連勝だからといって侮るな」という意識が必要だということですね。言ってみれば順境ですし、順風満帆に見えたわけですが実際はそうではなかった。作戦だったわけですし、章邯による計略だったわけです。連戦連勝は演出されていた。だからこそ本当は初心に立ち返り、その順風という枠を外してやる必要があったといえるでしょう。順風という意識が楽勝だと錯覚させた。これが項梁の敗因ですし、直接死をもたらしたものだと考えられるでしょう。


 かと思えば、逃げ続けていた秦の側にはいくら作戦だとしても連戦連敗で不安や恐怖、厭戦感情は少なからずあったんじゃないかと思います。章邯の中には目途がある程度立っていたにしろ、逆境といえば逆境ですよね。でもその逆境であり(演出された)連戦連敗が実際には楚の油断を最大限に引き出し総大将を打ち取るという大金星を挙げたと。だとすれば、ピンチはチャンスであると言えるところが多々あると思うわけです。
 それを思えば、連戦連勝でも驕ることなく連戦連敗でも腐ることがない。まあそこで油断するなとか、これは最大のチャンスだぞという捉え方でもいいのでしょうけれど、この場合の初心ですよね。逆風とか順風に目を向けない、あまり左右されないということ、意識しすぎないという冷静さ、そういうのは重要になってくるんじゃないでしょうかね。


 まあそれをしないまでも、順境にいても驕らず、逆境にいても腐らず己のすべきこと、己の本分に邁進するということ。枠組みに囚われることなく今の境遇を顧みて迷うことがないということは、それが大切であるということについてはどんな場所どんなプレイヤーにとっても共通して言えることなんじゃないでしょうか。





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