菜根譚17、度を過ぎた美徳(屈原と呂布と劉備の話)






 「憂えて精勤することは美徳である、しかしこれも甚だしく苦しむようにまでなるともはや性向に沿わなくなり、人の喜びではなくなる。
 淡白であることは高尚であると言える、しかしこれも心枯れるまでになると人を救うことも、利することもできなくなる」



 ・何事もほどほどにしましょう、ということでまとめてあります。
 解説書にはこれはまさに中庸(ちゅうよう)の精神だと書いてありますが。
 中庸
 「かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること」
 「アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにある」
 と書いてありますね。

 で、以前これについて誰かが言ってたのが(結構よく聞くんですけど)「すべて50にしたら要するに中庸なんだ」と言うことでしたが、それはちょっとニュアンスが違うんじゃないかなと思うわけです。
 偏りすぎるのが悪い、あり過ぎるとかなさ過ぎるのが悪いというわけであって、すべてを50にしようって話ではないんじゃないのかなと。すべてでとにかく50を目指せ、それが中庸の精神なんだってことではなく、そういう点を目指すものではなくまあ赤点~80点90点くらいを目指しとこうかなとか。そういう一定の範囲ですよね。そういうのを指向するのがこの中庸なんじゃないかなと思うんですよね。
 まあ言葉の正しさ不正確さにはそこまで興味はないし、ここでそこまで言及しようとは思ってないんですけど、ただ50を指向するものであるから51とか49はおかしい、50.1とか49.9とかもダメだ、みたいなそういう間違いを徹底的に狩る態度じゃないですけど、そういうの多いですよね。もう少し窮屈でなくなんとかならんのかと思うんですけど、一生掛けてこういうのを見つけては狩るっていうのが多くあるように思います。なのでもうちょっと点的な捉え方ではない、範囲的な捉え方と緩さですかね。そういうのがあったらもうちょっと楽になるんじゃないかな、と思う場面は散見されるように思います。


 ・前半を見て思うのは屈原(くつげん)ですね。久々の登場ですが。
 屈原

 「憂国の士」と言えばこの人という感じですね。秦の張儀にいいようにされていた楚の懐王ですが、絶対にヤツの言葉を聞いてはいかんと断固反対し続けたのがこの屈原です。でも王に無視された上に張儀によって楚が切り取られていくことに絶望して汨羅(べきら)に身を投げたと。そういう人ですね。「憂国の士」はいいですけど、楚への愛が強すぎるのも問題というか。いやー別に自殺までしなくてもいいんじゃない? と思ってしまいますね。ストイックすぎるというかですね。巨人への愛が強すぎるあまりに、今年5位、ああこのまま沈みゆく巨人軍を見たくない、巨人は永遠に不滅ですと言いつつ汨羅に身を投げるみたいな(少し違うか(笑))。
 まあもうちょっと「王はアホだし、家臣もダメだし、他にオレをもっと重用してくれるとか気が合うヤツとかいないかな」となってもよさそうなもんです。肩肘張って窮屈に生きてるなあと思いますね。


 ・じゃあもっと淡白なヤツを探そうと思いましたが、
 呂布(りょふ)とかがピッタリくるんじゃないでしょうか。

 義父の丁原(ていげん)を殺して董卓の下につく。
 かと思えば董卓も殺して天下を取りましたが、あっさり追放されます。
 そしてさまよった末に徐州の劉備のところへ行きますが、寝返って徐州を奪います。
 ここまで裏切りを繰り返すと、もう誰も仲間にしようとはしなくなる。裏切られるのが恐ろしいためです。
 曹操に捕縛されましたが、彼の手下には張遼(ちょうりょう)という名将がいましたので、呂布の武勇は惜しいけどまあ張遼がいるしいいかということで斬首されました。


 彼には信条らしい信条もありませんでしたし、従って執着もない。別に丁原だろうと董卓だろうとなんだっていいわけです。主君に執着もないし、土地にも執着がない。その土地の人々にも別に執着はありません。
 その場その場で思い付きで行動して一時は結果を出すのですけど、その結果には持続性がないといえる。
 その場所にいてその場所の発展を目指すという方向性がないが執着もない、つまり淡白であり過ぎる、情が「枯れている」と表現してもいいと思いますが、それゆえに結局野盗のように諸侯の間をさまよい歩くことになります。もしもどこかの地にどっかりと根を下ろし住民のため、土地の発展のために己の武勇を振るうとか人々を守るという方向性があったらかなり変わっていた気がします。


 ・ここまでで屈原と呂布を見てきましたが。
 屈原は楚への愛情が強すぎるがゆえ、人々を愛し土地を愛していたがゆえに「変わり果ててゆく楚をこれ以上見たくない!」と身を投げて死ぬわけです。愛国の士の末路ですね。もう少し楚以外への思いがあれば末路はかわっていたかもしれない。結局それで愛国の士が皆死んでいたのでは国が発展しないわけです。あまりにも愛を主張しすぎるがゆえにもう喜びがなくなって自殺するしかなくなる。
 かといえば呂布は土地や人への愛情があまりにも淡白が過ぎて、執着がないどころかそんなこと知ったこっちゃないわけです。それの行き着く先は野盗のようにどこかへ行っては裏切って、裏切ってはまた移動をする。そして信用を失い孤立して移動できなくなり死亡するという結果になるわけです。もう少し1か所に定住し、その場所を育てていくという方向性があれば未来は全く変わっていたのではないかと思います。
 この2つというのは愛の行き過ぎたせいでもありますし、愛がなさ過ぎたせいでもあると。だとすればどういうのがいいかといえば、そうなり過ぎないのがいいよねっていうのが重要だと思います。何事もほどほどがいいとか50点がベストだというのではなく、行き過ぎを持たないように心がけようって感じですね。こうして点じゃなくて範囲で捉えていきたいところだなと思ってます。


 ・じゃあどういう形が理想なのかといえば、劉備が出てきますね。別に私は劉備愛ではないですけど(笑)、劉備いろいろ説明しやすいので今回も劉備を出してみることとします。
 こちらの方が説明していますが、これ劉備の移動経路だそうです。

北から都へ行き平原を任され徐州へ行き袁紹のところへ行って劉表のところへ行きそこから益州へという流れが大体わかります(建業行ったのは孫権の妹を娶る時くらいしか思いつきません。ちょっとだけ違和感が)。
 劉備は建前上漢の復興を考えてるわけですけど、実際のところはけっこう自分の領土というものに飢えていたわけです。傭兵部隊としては優秀でしたけど、自分たちの土地をもたない。根無し草であるわけです。こうなると呂布とは違うといくら言ったところで、野盗集団か傭兵部隊かくらいの違いしかない。オレたちは野盗集団じゃない、傭兵部隊だ! なんて言ったところで傍から見るとそこまでの違いがない。根無しでしょ? と見られるわけだし、そんなので「漢の復興」なんて言ったところで言葉が弱い。せっかくの徐州もあっさり失ってしまうし。
 本質的には愛国者なんだけども、傭兵部隊で根無し草。国を憂えてながら土地がない。そういう意味で屈原と呂布の要素をちぐはぐに持っているのが劉備という存在だと言えると思うんです。その後荊州、それから益州を取っていくことでその本質というのは発揮されていくわけですけど。これが要するに中庸かといえばかなり違うと思いますが、でもこの菜根譚の言いたいことにはかなり沿っていると言えるんじゃないかなと。

 完全なる漢を憂える憂国の士というには結構野望もある。徐州をもらってくれと言われたら、ちょっと悪いなと思いつつもやっぱり土地が欲しいなと思ってるわけです。なので陶謙からもらうことになると。
 かといって大いに野望があり土地に執着するというわけでもない。呂布に奪われて、行くところがなくなったら「私には徐州は荷が重かったようです」と言って呂布に全部譲ってしまうわけですね。
 まあこれはですね。劉備のすべてを手放しで称賛しようという礼賛する企画ではないわけですけど(笑)、劉備がそういうバランス感覚にけっこう秀でているなというのは重要かなと思いますね。






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