「世渡りする際、必ずしも功は求めるな。
過ちがないということは既に功であるのだから。
人に与えても感謝を求めるな。
恨みがないということは即ち徳だと言えるのだから。」
・今日も2行と短いので、さてここからどう広げていったものかと思っておりますが(笑)
・そもそもこれが正しいかどうかといえば、わからんことはないけど私としてはまあ反対といえば反対ですかね。
手に入るものを100%手に入れるように生きる。それってつまり天井を作ってるじゃないかというのが私の立場ではありますかね。私としてはできる限り天井をあげていく。120%、150%と成果を出していく。そういう姿勢が必要なんだと思いますよ。特に経済の仕組みというヤツは画期的な発明とか発見とかあってナンボという仕組みになっていると思ってますし、そもそも今までよかったものをこれからもいいだろう、では続かないわけです。よそで頑張ってるヤツもいるんだから。
昔、某温泉とか行きましたけど、なんか「オレたちゃえらいんだぜ、風呂に入れてやってるんだぜ、紹介してやってるんだぜ」的な態度が鼻についててもう絶対一生行かんと思いましたね。それくらいなら近場でももっと感じのいいところなんかいくらでもあるわけです。昔よかったは今いいを指さないし、当然未来でもいいことを意味していない。旧態依然とした姿勢が経済を食ってるなという印象です。
経済ってもの、その仕組みを考えるならば貪欲さとか、新しいものとか、新奇な取り組みとかは絶対に必要になってくると思いますし、そうしていろいろなものを取り入れたうえでより良い形を作っていかなくてはならないという必然、みたいなものはあると思います。それは高度経済成長期とかは普通にそういう成り行きになっていたんですけども、今になっていくにつれてそういう精神はかなり廃れているなと思います。その頃は日本車は来るな! とアメリカで日本製品ボイコット運動みたいなのがありましたけど、今日本の製品にそこまでの破壊力とか、魅力があるとは思えないんですよね。そうしなければならない必然がないというのは、法的な仕組み的なのもなきにしもあらず……ではあるのでしょうけどね。これだけ「日本は素晴らしい」精神はあるけども、やってるのは偽装ばかり……では廃れても仕方がないなと思います。より良いものを、より高い天井を貪欲に追究しなくなった、それでも十分安定して生きていけるという姿勢のなれの果てだと言えると思います。
つまり、経済的に言うのであれば「昨日の100点が今日の100点とは限らない」と言えるでしょうし、「今日は100点だったけど、目標は200点だから明日はとりあえず120点かな」みたいなのが必要になると言えるんだと思います。まあこれは個人的見解なのでここらで終わりますが。
・「非凡」とか「非の打ちどころがない」とか言いますけど、ここでは「過ちがないということは既に功であると言える」ということが言われています。マイナスがないということは、足元を掬われる要素がない。マイナスがないということであり、それがその人、その将を褒める言葉であるというのは日本も同じでしょうけど、古代中国でもどうやら同じようです。
司馬懿仲達(しばいちゅうたつ)という人がいました。
このブログではちょくちょく出してますが。北伐してくる、諸葛亮率いる蜀軍と対峙した魏の将軍です。
マンガでは諸葛亮の前にけちょんけちょんになってますけど、実際のところは違ったと、
「戦わなければ、勝てる」
という司馬懿の読みがあったわけです。
中国の2/3を占める魏に比べて、蜀は小国に過ぎません。
時間が経てば、国力の差は開く一方です。
諸葛亮としてはこれはマズいということで、女性の服を贈って司馬懿を挑発したりしているわけです。
「武将でありながら、敵を前にしても攻めようとはしないとはそれでも将軍か。司馬懿とはまるで女子のようだな」という挑発であり、司馬懿以下誰もがその真意を即座に理解します。これだけの侮辱を受けて出ないとは、恥ずかしいことだと皆思うわけですが、司馬懿は挑発には乗りません。
挑発に乗れば諸葛亮の思うツボであり、司馬懿はそれがよくわかっているわけです。
つまり戦わなければ失敗することもない。過ちがなければ功績だと言えるというのは、まさにこの時の司馬懿の立ち位置そのものだということができるでしょう。
・一方の諸葛亮にとっては、漢王朝の復興や劉備の遺志などを継いでるわけですから、最大の敵であり、漢王朝の敵である魏をどうしても破らなくてはならないわけです。
つまり「過ちがないことは功績だ」とはとても言えないわけです。戦わないことは座して負けを待つだけの話でしかない。「敵が出てこなかったので戦えませんでした」なんてのは司馬懿は良くても、諸葛亮にとっては負けでしかないわけです。立ち位置によってはこういうことも起き得るってこと、それを意識するということは重要ではないかと思います。
・後半の部分は重いというか、深さを感じさせる一節です。
「人に与えても感謝を求めるな。
恨みがないということは即ち徳だと言えるのだから」
直接的に感謝されればそりゃ嬉しいわけですけど、恨みを持たれてない時点で十分なんだと。
自分の見える範囲というか世界はあるわけですけど、そうでない世界はある。自分のいないところで一体何を言われているかわかったものではないわけです。ある人は自分にとって不利益なことが起こりそうであれば防いでくれているかもしれないし。ある人はそういう場合にもっと燃え広がらねえかなとやっていたりする。つまりは自分にとって間接的な世界ですね。間接的に離れている世界です。そういう世界があることがここでは意識されているわけです。そこで不利益が起きない、マイナスなことが起きて燃え広がらないだけでそれは人徳だというわけです。
・中国史上でこういう場面はしばしば展開されています。
例えば伍子胥(ごししょ)は楚から呉へと脱出しますが、その途中で川を渡る際に漁師に船に乗せてもらいます。
そのお礼として伍子胥は剣を渡そうと思います。それなりに高価な剣なのでお礼には十分だろうと思うのですが、漁師は受け取りません。「伍子胥とかいう人についてお触れがきている。こんな田舎まで伝わってくるという人は、余程重大な人物なんでしょうな。この人を捕らえて突き出せば莫大な褒美がもらえる。その気なら、はした金どころの話じゃないんです」
そう言って漁師は去ります。
そして伍子胥は呉に仕えて、楚を相手に大活躍をすることになります。
この「漁師」が何者かについては全く書かれていません。案外単なる作り話かもしれないし、話をおもしろくするために入れただけかもしれませんが。
しかしこの人が協力していなければ話は全く変わっていたに違いない。
そう思えば、楚の平王に恨みを持つ人物だったかもしれないし、呉の方に恩を感じており、伍子胥に呉で働いてもらいたい思いがあったのかもしれません。それはわかりません。
ただ、楚の平王からすれば自分の手の届かないところで自分にとっての障害となる人物がいるわけです。ちょうど伍子胥のようにですね。その障害をこの漁師は取り除けたはずです。そして褒美ももらえる。本当は何も悪いことはないわけですが、でも平王に協力することを選ばなかった。この人は莫大な恩賞を前にしても動かなかった。そしてその障害を野放しとしたわけです。それが飛び火して大火となり、平王亡き後の楚を襲うことになるわけです。
それを思えば、もしも平王の徳がしっかりとあったならば話は変わっていたに違いない。間接的なところで、その人が困らないようにしてくれる見えない力があり、その見えない力が伍子胥を何とかしたに違いないと言えるでしょう。
・自分の目に見えない間接的な領域において、一体何が起きるのかを考えている、というところが非常に重要だと言えます。
そして平王にとっての火種を漁師は摘もうとはしなかった。マイナスを消せたはずが、放置してマイナスを巨大にしてしまった。その意味では、この漁師の果たした役割は重大です。間接的なところでどのような力が働いているか、それに思いを巡らせることがいかに重要かという話ですね。
そういう意味では、劉備の人徳は(結構な脚色はあるとは思いますが)舐められないものがあると思います。
落ち目になれば住民が「あの人には良くしてもらったから」と食料を届けてくれたりする。
徐州で陶謙(とうけん)が死んだ時に、嫡子がいたにもかかわらず「徐州を治めて欲しい」と住民から推される。
劉備自身はどこまでその間接的な領域を意識していたかは疑問ですが、直接的にも間接的にも劉備は人から推され、支援を受けるわけです。
・人がその人生でどこまでのことができるかはわかりませんが。
ただ思うのは、間接的な領域ですね。そこでどのように事態が推移するのかってのは結構重要なんじゃないかと思います。
それを期待して生きるってのは変な話ですが、意識して生きるというのは人の人生に豊かさをもたらすんじゃないかなと思います。
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