外国語講座開催のお知らせ






 ということで急ですが、外国語講座を開催していきたいなと思うわけです。
 多分早朝によくある奇妙なノリと急な思い付きでテンション上がってるところが大だと思うんですけども(笑)、まあこれをやっていきたいなと思ってます。
 英語とフランス語、それから中国語ですね。今のところ視野に入れてるのはこの3つです。
 ところが英語もフランス語もしなくなって10年くらいたってるし、中国語なんて
 「リャンシャン、チャンマー、チュンシエ」くらいしか知らない(笑)
 軍馬、メシ、兵士ってことですけど、どれがどれなのか、とか全くわからないんですけども(笑)、まあ多分なんとかなる気がしています。
 あとは「シューシュースュースュー」が「虚々実々」なんですよ(笑)
 まあ三国志と項羽と劉邦をDVDで見てればこんな感じで1000個くらい単語メインで行けるんじゃないかなと思ってます。教師とか講師とかまともにやる立場じゃないですけど(笑)、まあそういうのをやる気も全くないので。
 オレのオレによるオレのための中国語講座で十分なのかなという感じで進めていこうかなと思ってます(笑)教師と生徒を一人二役で進めていくわけですね。


 ・これが何かって言えば、TOEICとか英検とかありますけど。
 つまり正統派の英語ですよね。それをしっかりやっていくとして、その教育としての成長は望めると思うんですけど、それはあくまで骨子でしかないと思うんです。肉付けとかがない。感情や興味、主観なんかがそこに入る余地はないのかなと思っているわけなんです、つまり人間教育ですよね。そう言ったら大げさになるんですけど、勉強をガリガリやっていくとしても、英語でいい曲あるのを知らないとなるともったいないと思うし、それを知るのって一生の財産だと言ってもいいと思うんですよね。ビートルズとかカーペンターズとか、そういうのを知る、そこで英語としても人としても多分膨らみができると思うし、それは財産になると思うんですよね。
 仏語もほとんど忘れてますけど、トンバパって曲があったなとかは思い出せるわけです。
 
 あーこういうの講義でやったなーみたいなですね。これっていつでもそこに戻れる意味では、やはり財産だなと思うんですよね。曲もいいし。意味はよくわからなくてもそれって人生にとってけっこうなプラスになってると思うんですよね。



 ・実際私が仏語を学んでて、役に立ったか? って言われたらそうないですけど、アフリカ行ったときは一瞬だけ役に立ちましたね。 
 アフリカのジプチ行ったときは「supermarché」的なのが多くあって、その時にああフランス領だったんだとわかったりしましたね。
 あんまし役に立ってないじゃんといわれるかもしれませんが(笑)、訳もわからん看板が並んでるのとそれが読めるのとはもう全然違うわけです。不安と安心くらい違う。なぜ急に思い出すのかはよくわかりませんけどね。


 ・私は以前の仕事で海賊対処っていうことでアフリカのソマリアってところに行ってましたが、いろいろカルチャーショック受けたんですよね。船を強奪して億万長者になってやる! みたいな流れが収まりつつあったくらいの時でしたけど、それでも結構な海賊が各国の船を本当に襲っていたわけです。で銃で脅して降伏させたり、爆薬でドアを破壊するとか。人質にとって身代金を要求するとかやってましたね。命知らずというか、億万長者のためなら死んでも惜しくない! みたいなものを感じましたね。人として違うというか。



 ・漠然と10代の頃からアフリカ行ったら何かが変わるんじゃないか、オレはきっと何かを得るんじゃないかと思っていましたけど、実際のアフリカはかなり違っていたんですよね。その海賊の話もですけど。
 町にはけっこうな武器商人が歩いてて、かっちょいいナイフを売ってたわけです。
 「ハロー、マイフレン。ディスイズグッドナイフ!」
 とか言ってアタッシュケース開けて、ナイフを取り出す。折り畳み式になっててパカ、パカと開いたり閉じたりするわけなんですけど。
 要するに脅しでもあるわけです。
 物腰は柔らかですけど、そりゃビビりますよね(笑)いきなりナイフを取り出すんだから。
 その高圧的な感じといつでも殺せるんだぜ的なのを表に出して商売をする。
 まあ観光客はそれなりに多いし、襲われても護身用にも使えるし。一対一であれば殺して財布だけ奪うこともできるでしょう。それに「買っとかないとヤバいか……?」みたいな気になってくれれば一応金出して購入してくれたりもするでしょうし。ナイフ売買はつまりけっこう合理的な商売だったりするんでしょうね(笑)
 しかしそれで思ったのは「こいつら、人としてちょっと違う」みたいな印象でしたね。なんというか、法もなければ道徳なんてのもない。人を殺して何が悪い。殺されたほうが悪い。そういうのを目にしてていろいろイメージが変わっていくというか。今まであった漠然としたイメージが崩れてくると言いますかね。


 ついでに私は財布もすられました(笑)
 足のない少年が車いすに乗って近づいてきて、
 「見てみて!足ないけど頑張って生きてるんだよ!」
 的な話をしてきたので
 「がんばっていきろよ!つらいかもしれんが、そのつらさは財産になる。いつか生きるからな!」的なのを酔った調子で英語でまくしたててたら、財布すられてた(笑)
 あー、すられた!……と思ったけど、確か30円くらいしか入ってなかった(笑)
 しけてるぜ!
 なんてボンビーなヤツだぜ!と思われたかもしれん……(笑)


 ・まあ何が言いたいかっていうと、そもそもの規範が違う相手ってのはこの世界にいくらでもいますと。常識とかルールなんて言えてるうちはいいですけど、そういうのを相手に期待しているうちはまだまだ甘えてるんだと思います。
 ラッキーってってブスっとされて財布すられるような世界は普通にある。
 で、それって別に日本でも無縁ではないと思うんですよね。
 TOEICで900点とった! なんてのはそれだけでしかない。その時点で内向的になってしまうんです。でももっと攻めの姿勢ってあっていいと思うんです。留学だってあるし、行って住んでみるとか。本当は凄まじい広い枠がある。でも我々はまだ狭い枠の中にいる。否、枠を狭めれば狭めるほど、ランキングの人数を絞れば絞るだけ、我々は幸福感を得られるんです。一人だけのランキングを作ってみたら、誰だって一位を取れるんです。
 広げれば広げるほど、ランキングの人数を100人1000人と広げるほど上位の人間はできてきます。でもじゃあそれで我々は不幸になるのか、もう幸せになることはできないのか、といえばそんなことはない。本当は我々の幸不幸とは全然関係ないものなんです。ならば、極限までその可能性を追究していくべきではないのかと私は考えます。
 なんか支離滅裂だけど、その辻褄を合わせるのが最近めんどくさくなってきたってのは年のせいだろうか(笑)


 ・とにかくまあ、言いたいことは一度外国語講座でもしてみましょうやということです。
 TOEIC990とかそういう枠は敢えて無視する。
 でもやってるうちに経験値とか財産が増えている。それによってTOEICそのものを無視することで攻略しようというような話ですね。
 「城を攻めるにはまずは外堀から」であり「将を射んと欲せばまずは馬を射よ」ですね。
 一回につき単語が3つとかですけど、それでも100個やれば300個になる。
 TOEIC990取っても外国に留学はできないかもしれないけど、でもDVDや曲を追究することで財産は増える。ノリはわかる。それがもしかしたらどこかで誰かの役に立つかもしれない。人生における大きな財産という枠を考えた際の、TOEICはほんの一部ということで捉えていきたいんですよね。


 そんなこんなではじまりはじまりー



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