菜根譚7、プラスとマイナスを考える






 「恩恵とは害を生ずる元である。
 だからこそうまくいっている時ほど思考を巡らせるべきなのである。
 敗戦の後にこそ功を為すことができる。
 だからこそうまくいかない時にこそ手を離してはならぬのである」


 ・いわゆる「人生万事塞翁が馬」ということで紹介されています。
 塞翁が馬
 http://gogen-allguide.com/sa/saiougauma.html

 何が良くて何が悪いかなんかわからんものだよ、と。
 わからんのだから起こること一個一個についていちいち一喜一憂しなさんなということですね。


 とりあえず言えることは。
 プラスがさらなるプラスへ、あるいはマイナスへ。
 マイナスがかえってプラスに、あるいはさらなるマイナスへという4パターンはあると言えると思います。
 ここで指摘されているのは、成功して浮かれているうちに足元をすくわれておじゃんになること。あるいは失敗してなんてこったと思っていたら意外とそれがプラスに出てきたという2パターンですね。プラスがさらなるプラス、なんてのはなかなかないことでしょうけど、マイナスにぶち当たってなんてこったとクヨクヨしていたらなんか事態が悪化してさらなるマイナスへと繋がるケースは多々あることを思えば、このパターンについてはよく考えられていたほうがいいと思います。


 ・まあ例えば仕事でしょうもない失敗しちまった~というときですね。
 切り替えて明るくやろうと思っていたら「あいつは反省の色がない」とか思われてたりするかもしれない。
 かといってクヨクヨしていたら本当にさらなる悲劇へと繋がりかねないわけです。つまりどう転んでもマイナスになる。これって言ってみればけっこうな窮地だと言えると思うんですよね。
 それくらいマイナスの状況に陥ったらそう簡単には状況は覆せないわけです。
 まああっけらかんとしてて「お前反省の色がないな」というのがもうけっこうなアウトですよね。
 こうなったら失敗するたびに首でも吊らないといかんという……いくら命があっても足りないですよね(笑)


 ・問題は失敗したとしてその失敗をどう取り返すかということに尽きると思います。
 流れを断ち切るといってもいい。
 流れなんてあるわけないだろという話ですが、実際はこの流れっていうのはあちらこちらでたびたび散見されるものです。意外なほど、人というのは連鎖してしまう生き物であって。
 昨日のニュースでは幸福感の伝染なんてのが言われてましたけど。
 https://www.afpbb.com/articles/-/2546180

 人ってのは流れを引きずるものであって幸福感という感情でさえ伝染する。それなら失敗ということですら伝染しても不思議じゃない。いや、正確には失敗しちまったという焦り、焦燥感。そして失敗しないようにしようと心を新たにする、いつもと違う心でする行動。それが新たな失敗を生む、そこでまた動揺が起こる。そうしたことの伝染でしょう。
 悪循環がさらなる悪循環を生む前に空気を読んで、然るべき手を打つ。これってけっこう高度な話だと思うんですよね。


 ・マイナスがマイナスを生んだ例
 これは例えば劉表などがいい例として挙げられると思います。
 劉表のところに劉備が逃れてきていましたが、劉表は当時後継ぎ問題で悩んでいました。
 長男の劉琦(りゅうき)がいいか、それとも愛妻の子である劉琮(りゅうそう)がいいかと悩み、グダグダなまま進んでいき後継ぎは劉琮に決まってしまいます。劉琮を後継ぎにして権力を得たい派の力が強かったからでしたが、後を継いだ劉琮はそのまま周囲の圧力を受け曹操に降伏してしまいます。
 劉表の選択が正しかったか間違っていたかよりも、グダグダと悩んで決めることができないことが分裂を生み、その分裂が劉琦を殺せという流れにもつながっていったりして家臣団は好き勝手に劉琦を殺害しに出かけて行ったりと、統制の取れない悲惨なものでした。そして劉琮は家臣のいいなりであり、家臣たちは曹操に早いうちに降伏して恩賞をもらおうと考えていますので、そのまま降伏することになります。劉表の土地は劉琮が降伏したことですべてが曹操のものとなり、最終的には何も残らなかった。
 ある意味では曹操の中華統一にものすごく貢献したともいえるでしょう。圧倒的な勢力の曹操の前に、けっこう力のある荊州が無血開城したのですから。非常に平和的な解決でした。
 しかし劉表が毅然とした決断をできなかったことが家臣団の分裂や増長を生み、それが次の世代である劉琦、劉琮の決定権や土地を奪ってしまい、さらには曹操へ恩賞欲しさで全員降伏する流れに繋がるという、まさにマイナスがマイナスを生み、そのマイナスがさらなるマイナスへと繋がった例だと言えるでしょう。こうなってしまうと、断ち切ろうにも断ち切れない。結局すべて消えて、曹操のものになるまでこの流れを止めることはできないわけです。



 ・マイナスからプラスの例
 こちらのページでは、曹操が梅の林があるぞとウソをついて兵士を行軍させた話が載っています。
 https://hajimete-sangokushi.com/2018/02/25/%E6%9B%B9%E6%93%8D%E3%81%A8%E6%A2%85%E6%9E%97/
 これは「梅林止渇」(ばいりんしかつ)という成語になったのだと。
 一時しのぎをする。別のもので状況をなんとかする。
 水がないという最悪の状況でしたが、曹操は巧みなウソによって行軍させ、急場をしのいだということなのでしょう。
 その先で梅はともかくとして水を得られたらいいのですけど、なかったら最悪ですよね(笑)
 反乱とか起きたり、軍が険悪な空気になったりするそれを察知して未然に防いだと考えるならば、空気を読んで的確な手を打つことに曹操がいかに長けていたかを表すエピソードだと思います。
 水がないというマイナスな状況を最大限に活かして行軍スピードも上げることができたとするならば、とんでもない一手ですけどね。
 ただ確かこの後の戦いはボロボロの敗戦だった気もします(笑)ムリな行軍が祟って行軍で精いっぱいになったとすれば、決していい手だとは言えないかもしれませんが。



 ・プラスからマイナスの例
 これは劉備が敗戦した夷陵の戦い(いりょうのたたかい)などがいい例で挙げられるのではないかと思います。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%B7%E9%99%B5%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

 関羽と張飛が殺され、怒りに燃える劉備は大軍を率いて呉討伐へと出かけます。
 兵士は4万から75万と大きく開きがありますが、とにかく蜀の大軍で出たんだと。
 そうしたら連戦連勝。呉は逃げるばかりでまともに戦おうとすらしません。
 呉は腰抜けばかりだといい気になっていましたら、戦線がすさまじく伸びました。
 ここで呉の陸遜(りくそん)は火刑で蜀を襲います。
 真夏であたりも乾ききっていたため、職軍はなすすべもなかったのだと。
 この戦いで蜀は将軍や精鋭などを相当な数失いました。
 劉備もこの時の心労がもとで亡くなります。
 その後の蜀を諸葛亮が運営していくことになるのですが、この時の痛手があまりにも大きすぎて、まともに北伐などをできるほどの力もなかったとも言われています。
 この例なども、蜀側から見れば勝ちに勝ってあまりに勝ったことが蜀軍を浮かれさせて、被害を最大限に拡大させた例でしょう。「勝って兜の緒を締めよ」と言うことがいかに重要かですよね。
 (これ、呉側からみればマイナスに次ぐマイナスがまれにみるほどの大勝に繋がって例としても挙げられるでしょうね。また夷陵の戦いで大いに負けたショックで劉備が死んだ例などはまさに泣きっ面に蜂で、マイナスのさらにマイナスと言ってもいい例だなと思います)


 ・プラスがさらなるプラスに繋がった例
 これまあいいかなと思いましたが、せっかくなんで考えてみました。

 曹操の配下に荀彧(じゅんいく)という人がいました。
 荀彧
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%80%E3%82%A4%E3%82%AF
 この人は本人がすごい頭がいいのもありましたが、人の才能を見抜く能力に非常に長けており、次々と人材を曹操に推挙したことで有名です。
 https://dic.nicovideo.jp/a/%E8%8D%80%E5%BD%A7
 こちらに記述があるのをそのまま引用しますが、
 「当時トップクラスの名士で人材ネットワークの中核にあった荀彧は、甥の荀攸をはじめ
戯志才、郭嘉、鍾繇、陳羣、華歆、司馬懿、杜襲、杜畿、辛毘、王朗、孫資、趙儼、韋康、厳象ら
錚々たる人物を推挙している」
 こうして推挙した人の大半が功績を残して出世しているのですが、こうした例が中国の歴史でも他になかなか例がないわけです。
 そうしてみると、荀彧という人を仲間にできた曹操ですけど、その本当の才能は曹操の直接の補佐というよりは優秀だなと思った人をスカウトしてくる能力の方にあったといえるのではないでしょうか。
 特に初期の頃などは曹操以上にすごい勢力などたくさんいたわけです。
 当時は袁紹もそうですし、董卓などもいたでしょうし、それに比べれば曹操なんてぽっと出の怪しいヤツでしかなかった。その曹操に仕官したほうがいいぞという荀彧も大概ですけど、それがまた成功しているわけです。よほど弁舌の才能があったか、あるいは荀彧自体が信用があったのか。曹操という人が勢力を大きく拡大することに成功したのには、荀彧という人を外して考えられないでしょう。
 つまり、荀彧という人を仲間にした曹操のプラスが、さらにプラスになった例だと言えるのではないかと思います。


 ・さて。
 こうして4パターンを考えてみましたが。
 確かに結果から言えば「人生万事塞翁が馬」なのかもしれませんけども。
 でもじゃあ人生万事塞翁が馬だから、劉表の行いも一喜一憂はしないべきだよとは私としては言えないのかなと思います。それだったら人が生きていろいろ学び、より良い手、より良い方向性を考える意義が見失われかねない。
 そうなるくらいなら、歴史上の人物の行動をいちいち分析してああすべきだった、こうしていたらもっとよかったんじゃないかというのをできる限り多く考えだしていたほうが有意義なんじゃないかなと思いますね。







この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村