菜根譚3、君子の心と才知(曹操は密書を読んだろうか)






 「君子の心のありようというのは、天が青く日が白いように、人に知られないことがないように。
 君子の才知については、包まれた珠が秘蔵されるように、人に良く知られることがないように」



 ・君子の心は人に良く知られなくてはならないが、才知については知られてはならないのだと。
 ここにきて急にシビアな物言いになりましたね(笑)


 君子がどのような心の持ち主であるかについては、君主の振る舞いを見ていればよくわかります。
 都を焼き払った董卓や項羽などいましたが、彼らはどこまで人々の理解を得ることができただろうか。
 様々な理由はあるだろうが、歴史のある都を焼き払ったという行為によって一気に人々の心が離れました。
 かと思えば劉備は弱小の土地も持たぬ男でしたが、陶謙(とうけん)の死後、徐州にいた時に人々に推されて君主になっています。


 様々な事柄が込み入ってくるのでそう一概には言えない……と思うのですが、実際のところはけっこう一概に言ってしまえるのが「心」だと言えるでしょう。
 なんだかんだと小難しい要素が入ってきたところで、最終的に「都を焼く」と決断するのも心であれば、「この人に領地を治めてもらいたい」と思われるのも心だと言えるでしょうし、「この人は人の心を持ってねえ、歴史ある都を焼くなんてことができるなんて」という印象を持つのも心であれば、「力はないかもしれないがこの人に統治してもらいたい」と思うのも心だと言えるでしょう。
 こうして心のありようというのは、人の心を持ち合わせてないとか、まるで聖人のような心の持ち主だ、などという形で人々に理解されていくことになります。人々の方でも、君主の行いに対してそれとセットになる形でなんらかの印象を持つんだと。


 ・じゃあこうしてみていくと曹操の心はどうなのだろうか。
 曹操は誰よりも嫉妬深く、猜疑心が強い……そういう人間だというのは様々なところで語られてきました。頭の回転が速く、誰よりも考えてしまうがゆえに、部下の行いから裏切りなどの気配を察してしまえる人だったのでしょう。


 そして袁紹軍が滅んだ後に、曹操軍から袁紹に送られた大量の内通文が出てきます。
 そりゃそうで、天下分け目の戦いが終わった後です。
 しかも袁紹の方が兵士も多く、領地も広い、物資も豊かだったわけです。
 「こりゃあ勝機は曹操ではなく袁紹の側にあるな」
 と思ったのは、曹操配下でも相当の数にのぼったことでしょう。
 自分のところよりも強い袁紹にケンカを売って、しかも勝ってしまうというのが異常だったわけです。

 
 ところが曹操はその密書を皆の前で焼かせてしまうわけです。
 これでほっとしたのはかなりの数の武将文官だったことでしょう。猜疑心の強い曹操が読まないわけがない、そして怒り狂って殺されてしまうに違いない……
 ところが焼き捨てる曹操。


 恐らくは誰よりもその密書を読みたかったのは曹操に違いありません。誰だれは、こういう文面で袁紹に内通しておったのかと知ればそれを一生忘れることのないのが曹操だと言えます。
 でもそれを開くこともなく焼き捨てた。
 もう袁紹も滅んだことだし、水に流そうではないか。
 事実、わしも袁紹に絶対に勝てるというほどの自信はなかったし。
 それなら滅ぶ前に袁紹に手をまわしておこうなどというのは極めて妥当なことだ。


 そのように話して、曹操は寛大な心を演出するわけです。
 でもその寛大な心というのは曹操の頭の良さがあって初めてなし得るものだと。
 「ここで部下たちに恩を売っておくのが良い」
 という計算なくしてはこれは成り立たなかっただろうし、その後の部下たちの忠誠心の引き出しには繋がらなかったのではないかと思います。
 つまり、ここでの曹操の本当の恐るべき才知というのは部下たちに恩を売ること、過去のことを一切知ることなく水に流したこと、それによって今後を期待するというものなわけですが、それを「寛大な心」という形で演出しているところがまさに巧みだと言えるのではないか。
 そしてこれこそがまさに
 「心は知られなくてはならない。
 しかし才知は知られてはならない」
 というものを表すものだと言えないでしょうか。


 ・でもこれ本当に全く一切読まなかったのかどうかについてはかなり疑問を挟む余地があるのではないかなと。
 わたしとしては半々くらいだと思います。
 曹操としてはそういう気持ちをかなり知りたい人間だし。
 「封をしたまま焼く」
 ということは確かに効果的だし部下の忠誠を引き出すことにも繋がったかもしれない。寛大な心を示せたかもしれない。でもそれっていくらでも演出してしまえるものだと思うんですよね。


 で、実際にもしも読んでいたとすれば、部下の心とか才知とかを裏表を把握するうえではかなり効果的だと言えますが、でも恐らくそうなると曹操の場合自らの猜疑心の強さによって身を滅ぼしかねない気がするんですよね。
 「あいつあの時袁紹にわしを売りおった」
 というのを絶対に忘れない。
 それを器用にセーブできるような人間でもない。
 そうなると、部下云々以前に曹操とその軍とがあっさり瓦解しかねないように思います。そうなると、確かに好奇心を満たすことはできますが、軍が瓦解して滅んでしまう。
 そこまで思いが至るとじゃあ読まないのがベストだ、となりますし。
 「よし!
 それくらいなら全部焼いてしまおう!」
 となっても不思議ではない。


 ……とはいえ、そうすんなり話を決められるような人間だとも思えない(笑)
 そういう重要な情報の塊が袁紹のところにあるのであれば、読んで自軍の状況をきちんと把握しておくというのも極めて妥当な話だと言えると思うんです。
 いつ寝首を、一体誰にかかれるかわからんではないか。
 そしてその情報が袁紹のところにはごっそりと集まっているわけです。


 だとすればそれを一応把握しておくのも妥当といえば妥当な話でしょう。
 一通り目を通しておくというのもかなり重要です。
 というより、それほど重要な情報の山を
 「寛大さのアピール」
 のためだけにむざむざすべて焼き捨てるようなアホな人間だろうか。
 たとえ猜疑心の中に身をうずめたとしても、いざという時に備えてすべて目を通す。
 さらには「寛大さのアピール」
 としてみな焼き捨てたことにしてしまった。


 これこそがその一事を最大限有意義にする行いだといえるし、効果という効果をすべて汲みつくす行為だといえるし、そもそも一手にそこまでの意味をこめることのできるような方向性のない人間に、果たして天下など統一できるかと思えるわけです。


 ・とはいえ、この妄想に根拠はまったくないですが(笑)
 歴史は「きれいさっぱり焼き捨てた」ことを主張するでしょうが。
 わたしとしてはまあ6割くらい一応読んだ上で、その演出に使ったかなと。
 4割くらいは読んで自ら怒りと猜疑心に悩まされる(まあ読まなくてもどうせさいなまれるわけですが)よりは、いっそ何も見なかったことにして焼き払ったかなと思いますね。











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