頭文字D 高橋涼介まとめ






 ということで、高橋涼介は「ダイヤの原石」を世に送り出していきたいということを前回書きました。これをまとめるとどういうことになるだろうかというのを今回書いていきたいと思います。


 ・ところで、y=xとy=-Xというグラフがあります。
 https://www.geisya.or.jp/~mwm48961/math/linear_function4j.htm
 ここにはy=ax+0だとか書いてありますが。

 https://www.studyplus.jp/359
 ここにはy=-xの表も乗ってます。

 北条という人はy=-xだという印象がもともとあったんですよ。xに何を入れてもーとして出力してしまう。1であればー1になるし、5であればー5として出力してしまう。100であればー100になります。
 そうしてはならないというのがわかっていながら、なぜかそうなってしまう。そしてそのループから抜け出すことができないというのは、つまり係数にー1が常にかかっているということなんです。それが何かといえば絶望とか、憎しみとか。あるいはこれこそがまさに腐っているとか不貞腐れているとかいうものだと思っていいでしょう。それがとにかくーとしてかかっているわけです。
 じゃあ高橋涼介はその北条に対してどのように接すればよかったのかといえば、自分自身が巨大なマイナスとなればいいわけです。絶望に対しては巨大なマイナスで立ち向かう。
 -100を北条に代入してやれば100という数値を引き出すことができる。巨大な絶望や憎しみに対しては、己を巨大なマイナスにしてやる、その境地で対立することがより良い結果を引き出すことができるといえる。
 あるいは過去に戻れば一応プラスになるよとも言えないことはないでしょう。ただそれが解決策であるとは限らない。


 ・じゃあ高橋涼介は一体何を目指してきたのかということです。
 藤原拓海や弟の高橋啓介といった逸材……というより可能性を秘めてるな、才能あるなというのはそりゃよくわかるヤツらがいる。じゃあその可能性をさらに引き出すということになれば? その持てるポテンシャルを存分に引き出すということになれば? どういうことになるか。
 それは単純です。y=xなんだから。よりよいものをぶち込めば、単純により良い結果となって返ってくるわけです。100でも200でもいれてやればそのまま返ってくると言っていい。
 難しいことは何もないわけです……(これには裏があって、それが単純であり、誰にでも分かるからこそ潰さねばならない時というのがある。xにーを入れる感覚、ブレーキをかける感覚というのはけっこうあるものだということを背景にしています)。


 ・でもそれにも限界がある。
 単純に上がるだけ、そして右肩上がりといえばそりゃそうですけど、1いれて1、5いれて5ではおもしろくないわけです。それでは飛躍にならない。
 だからこそ己がy=xではダメなわけです。
 それでいいとあぐらをかいていては、せっかくの逸材も腐ることになりかねない。


 ・だからこそ己自身がy=xの二乗である段階に到達せねばならなかった。
 2いれて4、100入れて10000に到達できるような存在でなくてはならなかったと思っています。
 でもじゃあy=xとy=xの二乗のリクツはわかった、だとしてもそれを実際にどのような形で確認することができるのかという戦いがこの北条戦の隠されたもうひとつの意義だったのではないかと思っています。
 北条という存在、すっかりマイナスの塊に堕した存在がいる。でもこの人のー100という数値はそう簡単に誰にでもできることじゃないわけです。ある意味非凡だし、非凡すぎる才能、それから香織への愛情があればこそここまで堕ちてしまった。だとすれば、自分自身がこの巨大なマイナスを逆に生かせる存在だったならば?
 早い話が高橋涼介自身がy=xの二乗であったならば、それで十分なわけです。マイナスですらも包含して表現できるだけの巨大な存在でありさえすれば。-100であったなら10000になる、北条のマイナスのでかさすらも利用してプラスに変えてしまうほどのインパクトをもたなくては。


 逆にそれさえできないようであれば、自分に価値はない。
 所詮はy=x、それ以上でもそれ以下でもない。
 もしそうだとすれば、そうした存在でしかないのにこれ以上のことなどできようはずがないんです。プロD最終戦は勝つでしょうが、そのまま引退して終わるべきです。
 そんな大した存在でもないんだから。
 だからこそ確信を持つ必要があった。
 確かめなくてはならなかったわけです。
 つまり、プロジェクトDってのは何かといえばかなり概念的な性質が強いものだといえる。いってみれば「関数」の問題であり、高橋涼介が一体どんな関数だろうか、y=xだろうか、y=xの二乗だろうかというような、そういう性質の非常に強いものだと思うわけです。具体的なこれというわかりやすい組織ではないのだと。


20200423112240120.jpg


 さらっと言ってますが、恐らくはここの真意というのはそうしたものではないだろうか、と感想を持ってみたという話です。


 ということで頭文字D、高橋涼介については今回で終わりです。
 次回書くとしても二か月後か三か月後か.
 まあなんか思いついたら書いてるでしょうが、本格的に書くことはないでしょうね(笑)
 あと著作権関係のクレーム入ったら画像消さないといかんですけど(笑)、とりあえずせっかくなのでみなさん頭文字Dの41、42巻だけでも読んでみてはいかがでしょうか。


 本当はどういう道筋を通っているかということによる心境的なのも書きたかったけど、まあ別にええかと(笑)
 めんどくさいし。


 ということで終わります。
 ありがとうございました。








この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村