戦国策79、陳軫が懐王を思いとどまらせる話





 ということで今回から戦国策も3、弁説編に入りました。
 100話で終わる予定ですが、最後の2話が異常に長いようなので、さてどうしたもんかと今から悩んでいます(笑)


 楚王は張儀を魏から追い出そうとした。
 陳軫(ちんしん)はこれを聞いて
 「王はどうして張子を追い出されるのですか」
 と聞いた。

 楚王
 「臣下でありながら不忠であり、不信であるためだ」
 陳軫
 「不忠ならば王は臣下としてはなりますまい。
 不信ならば彼と共に盟約を結んではなりません。
 ところで魏の臣が不忠であり不信であろうと王においては何も問題がないのではないですか。
 仮に忠であり信であろうとも何の利益もありません。
 
 また追い出そうとして魏が言うことを聞けばいいのですが、もし聞かなければ王の御命令が魏には通らないことが明らかになります。
 その上、万乗の大国にその宰相を辞めさせる、ということはこれは城下で誓いを迫ることになりましょう」



 ・この楚王は張儀を散々に言っているのでこてんぱんにやられた懐王なのではと思われます。
 懐王についてはこちら
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%90%E7%8E%8B
 「斉と同盟切ってくれたら五百里あげるよ」
 と言って騙され
 「いや、五里でしたよ?」
 となり戦争仕掛けて散々に破られた王ですね。

 ついでにこちらのサイトに、そこらへんの経緯が載ってますので合わせて紹介します。
 http://www.maroon.dti.ne.jp/ittia/History/ChoGi.html
 
 激怒する懐王に陳軫(ちんしん)がいや、秦と手を組んで斉を攻めれば元は取れますよと言ってるようですが、怒る懐王が全く進言を聞かない様子が見て取れますね。
 騙されたと怒り狂う懐王と、止められぬ陳軫、してやったりとする張儀の三者の図が手に取るようにわかります。


 ・そういう流れの中にこの話も位置するのでしょう。
 とにかく張儀憎しである懐王は、恐らく魏に行った張儀ですら憎いのでしょう。
 秦では王が変わり、秦の武王と不仲になった張儀は秦を出て魏に行きます。
 恐らくはその流れでの魏の宰相である張儀なのでしょう。
 ついでに張儀は魏で一年いた後に病気で死んでいるようです。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E5%84%80


 ・とにかく感情で突っ走る王を、陳軫はどうしても止めたいようです。
 「他の国のことだからもうほっとけよ」
 と言います。
 でも恐らくこの程度では聞かないでしょう。
 なので、
 「最終的にはもう戦争するしかないっすね」
 と言っています。
 魏の城下に行って、そこで盟約を結ぶしかないでしょうと。
 まあこの場合、楚の城下に魏軍がきてそこで盟約という可能性もあるでしょう。
 そのくらいこの時秦との戦いでボロボロにされ、この後には白起が登場するので、これによって首都まで移転せねばならなくなると。
 とにかくボロボロにされてるし、国力が衰退してるなというのが分かりますね。


 ・ついでに楚という国についてはこちら
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%9A_(%E6%98%A5%E7%A7%8B)
 首都は郢(えい)という名前ですが、移転してもそこを新たに郢と名付ける習慣があったようです。
 白起にやられて首都を陳に変えたってありますが、なんだかすごい話ですよね。
 もうメンツを保つだけの力もないってことではないかと思います。

 例えば宰相位であっても楚の場合は令伊(れいいん)という名前です。
 もともとは殷(いん)王朝で使われていた名称のようです。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A4%E5%B0%B9

 なんかうすうす思ってましたけど、楚って国はなんとなくプライド高いですよね。
 「宰相? うちは令伊だよ。殷王朝由来でてめえらとは違うんだぜ」
 感がプンプンしてます。
 また、楚という国の体質でもあるのでしょうが、豪族、貴族の勢力が強く王権が基本的に弱いと。自由で好き勝手のびのびできるといえば聞こえはいいですが、まとまりに欠ける面が大いにあるでしょう。
 これに関してはまさに呉起(ごき)の例がいい例でしょうね。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%89%E8%B5%B7

 兵法書として有名な『呉子』の著者です。
 魏を強国にしましたが、文侯が死に、次代の武侯と仲が良くなかったので魏を出ます。
 王権を拡大させるために改革をしますが、貴族らの反発が凄まじく、王が死んだ途端に殺害されます。
 こうして楚は改革前に戻ってしまいます。

 この50年後に商鞅(しょうおう)が秦で改革をします。
 商鞅に関してはこちら
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%86%E9%9E%85
 商鞅も改革で貴族の恨みを買います。
 で殺されますが法治主義改革自体は残り、秦は一気に最強国になります。
 この差はなんだろうかと思うのですが、そもそもの国の体質の違いというのはかなりあるのだろうなと。


 ・ということで話を戻しますが、懐王も張儀に騙されたということで大いに自尊心を傷つけられたのでしょう。
 楚という国の現状、懐王の怒り、そしてこの楚という国の歴史的な体質を思ってこの陳軫の言葉を聞くと、
 「ああ、陳軫も苦労人なんだなあ」
 と思わされます(笑)
 それを思えばこれ、止めるのが相当難しいと思うんですよ。

 でも陳軫は
 「こりゃもう戦争しかないですね!」
 ということで、懐王にあ、これはヤバいぞと思わせることに恐らくは成功します。
 そもそも秦との戦いで国がボロボロなのに、さらには秦に近い魏まで敵に回す。
 そうなれば秦と魏とが手を組んで楚に攻め込んでくる可能性は大いにあるでしょう。
 こうなったらもう滅亡の危機だと言っていい。
 それを思えば陳軫の言う「城下」はむしろ楚の方を表しているように思えてきますね。


 ・ということで陳軫もこの超難しい立ち位置だったわけですが。
 こうやって懐王をうまく思いとどまらせましたよ、という非常にうまい例だと思っていいのではないでしょうか。







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