戦国策45、文侯が酒飲んで雨の中断りに行く話







 魏の文侯は猟場の役人と狩に出る約束をしていた。
 その日、酒を飲んで楽しんでいるうちに雨が降ってきた。しかし文侯は出かけようとする。
 側近の者どもが
 「お酒を飲んで楽しんでおられるところに雨も降って参りました。一体どちらへお出かけになるのですか」
 と言うと、文侯は言った。
 「私は猟場の役人と狩りの約束をしている。いくら酒が楽しくても、一度は約束通りに会いに行かねばなるまい」
 こういって出かけていき、自分で取りやめを告げた。
 魏はこういうところから強くなっていったのである。


 ・今回はまた大変短いですが(笑)


 魏の文侯についてはこちら
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%BE%AF_(%E9%AD%8F)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%BE%AF_(%E9%AD%8F)


 「呉子」を書いた呉起の魏での君主に当たるようです。
 これを思えば、呉子の見方が少し変わるように思いますね。
 この人の代で周から正式に魏・韓・趙は諸侯として認められたとありますから、決して愚鈍というわけではないと。


 ちなみに「呉子」の最初は以前に書いてます。
 http://www.kikikikikinta3.com/article/470674521.html?1580858011
 いかにも実質より威を重んじる人物……と描かれていたように思いますが、しかし呉起の言葉で改める。で実質に重きを置くようになると考えるならば、つまり呉起の言葉の意味がわかり、それを受けいれ、変化しようと思うということになればこれは決して愚鈍ではないというように思います。



 そもそも、呉起が来たというのだってこの文侯が石頭で言ってもわからない人物で、反発され恨みを買い、百叩きにでもあって放り出される可能性もあるわけです。そもそも文侯がそういう人物ではない、と呉起が見定めている前提がある。これは大きいところだと思います。
 「良鳥は木を選ぶ」と言いますが、一見ケンカ腰にも見えるこの呉起の姿勢はそれをきちんと前提として踏まえているわけですね。叩き出されるとか首を斬られかねないところにはそもそも行かないわけです。相手を選んで言葉を出している。そして呉起を重用し、百戦百勝となり大国となっていくと。
 その意味では、燕の昭王が楽毅を登用する前に郭隗(かくかい)という人が「隗より始めよ」という言葉を言ったというくだりと非常に近いものがあると言えるでしょう。



 ・魏の文侯は結局何をしているかと言えば相手に誠実さを示すこと、そして信用を失わないよう、積み上げるようしているということが言えると思います。
 日本でも「信用第一」と言いますが、考えてみれば「商売なんて結局利益でしょ」という世界で全然具体的でないこの信用というものに重きを置いているということはすごいことですよね。あるといえばある、でも見せろと言われれば見せられない。でも確かにあるこの信用。誠実さ。そしてそういうものをなんとなくでも重視しているということがいかにすごいことか。目に見える金とか宝とかを大切にしているというのなら、そりゃ普通だしよくわかる話ですが。



 ・普通雨降ったらいかないでしょ、取りやめでしょと思っていても案外相手は待っているかもしれない。そうなると機嫌を損ねるかもしれない。仲が悪くなるかもしれないし、
 「あいつ勝手にやめたとか言って来てくれなかった。こっちは待ってたのに」
 みたいになると醜聞が広まると言える。見えないところでそうして間接的に自分を害しているかもしれない。



 酒飲んでいい気になって、それでも約束は守る。
 ああめんどうだな、行きたくねえなと思っても行くということ。




 酒飲んで約束破るとか、行きたくねえなと思ったからいかない。
 そういうのの方が余程簡単です。簡単だし普通です。
 そうではなく敢えて重い腰を上げる。
 行きたくないけど行く。
 ここにある非常につまらないことだけど実は非凡、ということが重要ではないかと思います。






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