戦国策35、孟嘗君は栄転させたか追放したか? の話 改
孟嘗君の食客のうちに、孟嘗君の夫人と密通している者がいた。ある人がそれを孟嘗君に告げた。
「孟嘗君に食客として養われていながらその夫人と密通しようとは、不届千万です。殺されてはいかがでしょうか」
孟嘗君は言った。
「容貌に惹かれて心を動かすのは人の情。もう言いなさるな」
そのまま一年が経過したときに孟嘗君はその密通していた男を呼び出して言った。
「あなたは私のところへ来てもう随分になります。
なのに高位に就くこともなかなか望めぬし、かといって大した地位にも就けないというのでは満足されないでしょう。幸いなことに衛の君主は私と仲が良い。車馬と礼物とを揃えさせていただきますから、それをもって衛君のところへ行ってください」
その男は衛に行き、重く用いられたということである。
・この話の解説には、この話に見えるように孟嘗君は度量が広く、四君第一だとされるとあります(孟嘗君の他に、春申君、信陵君、平原君がいる)。
でもこの話そんなに簡単でいいのだろうかというのを考察したいかなと。
いかにも孟嘗君は大人物でした。以上では薄っぺらい。
というよりこれでは戦国策らしからぬと言っていいと思います。
①食客として男を養っている。
その礼を仇で(あだで)返す行為は非礼この上ないし、恐らく殺されたとしても何も言えない空気感があるのは間違いないと思います。恐らくここで孟嘗君が殺した、という話になったとしても後世ではひでえとなるにしろ、当時としてはまあ許されるんじゃないのと。そういう空気があるのが見て取れます。当時としては殺すとか皆殺しというのは結構普通の価値観で、非人道的だ、許されないとかいう見方はかなり後世の価値観です。
殺したら恨みは持たれるかも知れませんが、密通して裏切っているわけだから。
殺すまでじゃないじゃないかというのもあれば、殺されても仕方ないともいえる。かなり微妙なライン上にあると言っていいかと思います。
②ここに「寛大」という価値観があるのは間違いないかなと。女などいくらでもいる、自分の妻の美しさに惹かれる男は、まあ容色に惹かれるのは誰にでもあることだから仕方ないことだ。いかにも確かに度量の大きな男に見えます。「英雄色を好む」じゃないですが、いかにも英雄像を体現していると言ってもいいと思います。
そしてそういう見方をされることは実態としても、「効果」としても考慮できるように思います。
③そして衛の君主のところにいろいろ持って行かせるわけです。そしてここでその男は重用され、出世もした。孟嘗君が才能のある者を愛す、そしてそうして才能を見抜かれた男がしかるべき場所に行き、しかるべき場所で持てる才能を発揮した。孟嘗君がそのためのおぜん立てをした。しかも自分の妻と密通さえしているのに。
これで孟嘗君は全くの大人物だという話になると思います。
さらには衛の君主に優秀な人物をよこしたことで恩を売ったともいえるでしょう。
ここまで見るといかにも明るい話で孟嘗君がいかにも大人物かのような話ですが、果たしてそうでしょうか。そこまで立派な人物だったでしょうか。
http://www.kikikikikinta3.com/article/472846533.html
これは29の話です。
馮諼(ふうけん)という人物が孟嘗君のところにいましたが、借金の取り立てをしろと言われたのに帳消しにしてしまって「義を買ってきました」と言ったら不機嫌になるのが孟嘗君です。
決して頭が切れる人物だとは言えないし、後になって悟ることはできるにせよまあ腹を立てるという極めて普通、凡庸な人物だと言えます。それが言いすぎであるのなら、まあ凡庸な面もある人物がこの孟嘗君だと言えるでしょう。
そうした人物がここでいきなりあたかも英雄であるかのように描かれるというのはけっこうムリがあるのではないかと。それが飛躍であるとしたら、まあ少なくとも孟嘗君にも人間らしい面がある、そう思ってこの場面を見てもいいのではないかと思います。
それにそれがいかにもこの戦国策らしいって気もしますので(笑)
ということで続けます。
④もしもこの孟嘗君が大した愛情もなく妻がいるのだとすれば、まあ大して痛くも痒くもないでしょうから文字通りに受け取れると思います。女はいくらでもいるし、一人くらい密通してもなんてことはない。
これが「孟嘗君は大人物!」となったとしても当人としては別に痛くも痒くもない。むしろ評判が上がってプラスでしかない。孟嘗君は評判が上がってウハウハです。
でもそこまでいくとかえって冷徹すぎて冷酷な人物にも見えてきます。
しかし馮諼の話からして、そこまで頭を回せる人物ではないというのが妥当かなと。
⑤妻がいること、そしてその妻に密通されたこと、つまり裏切られたこと、そしてよりによって目をかけている食客も孟嘗君を裏切っていること。そうした二重の裏切りがあって果たして普通の人間がまともでいられるかといえばそうではいられないのが妥当ではないかなと。
そうしたわだかまりが孟嘗君にはあると思います。
でもそれを復讐という形で発散するとしたら?
後には死体しか残りません。それこそ食客と妻、二つの死体が転がるかもしれないし、巻き添えでほかにもたくさんの死傷者が出たかもしれません。皆殺しはこの時代にはそう珍しくもないことですから。
それはストレートな形での発散です。
でもこの話はそれを別の形で発散しているといえるのではないかと。
・普通に見ると、この食客は栄転です。
しかし実態は追放とも見れるのではないかと思います。
つまり妻と、その密通している男を許せないがためにその仲を穏便に、波風立てず、そして周りにそうと悟られずにいかに引き裂くか。それがこの孟嘗君の感情であるといえるのではないか。
つまり裏では相当感情をたぎらせていたけど、事態を穏便に運んだ。ここに見どころがあるといえるのではないかと。
そして結果的に食客は栄転するわけです。
だからこそそうと気づかれないわけですが、結果的には孟嘗君は二人の仲を引き裂くことに成功しているわけです。
仲を引き裂く。
これによって孟嘗君は名を上げ、食客は社会的な成功を得る。
衛に行かせて衛の君主に恩を売るというたった一手によって四つのことを実現化しています。
一挙四得(笑)
これがもしも食客を殺害していたら?
出世する能力のある男は死に、孟嘗君は別に名を上げるでもなく、まあ下がるでもないでしょうが。
仲は引き裂くことに成功するにせよ、一つのことを実現するだけであとはマイナスだと言えます。
恨みすら買って、もしかしたら刺客を送り込まれるかもしれない。そのことに怯えて今後ビクビクして生きていくことになるかもしれない。
食客を殺すことなくこうしたことができる孟嘗君の能力を非凡と見ることもできるでしょうが、まあ私としては復讐心や怒りを違う方向性に発散した、それは昇華といってもいいものでしょうが、そうしたやり方の方に重点を置いてこの話を見る方が妥当かなと思います。
あれだけ感情が渦巻いてながら、これはすげえと(笑)
・余談ですが、孟嘗君は食客3000人で有名な人物です。なので、この話も孟嘗君が優秀だったから、というよりは優秀なことをいう人物の意見があり、その意見によって実現されたものだとみる方が妥当な気がします。
つまり入れ知恵があったと。
孟嘗君がこういう食客がいるが妻と密通している、どうしたものか殺したいのだがと恐らく相談した。そうするととある食客がこうなさいませとアドバイスをした。よし、それに従おうと孟嘗君が決意した、それによって事態がこう推移したとみる話なのかなと思います。
鶏鳴狗盗(けいめいくとう)の話もそうですが、ニワトリの鳴きまねをするとか盗みが得意とかはあくまでおまけというか。食客3000人を雇える力があることは素晴らしいかもしれませんが、それは決して孟嘗君の力ではないように思います。
言ってみれば孟嘗君はのび太君に過ぎず。
3000人いる食客がドラえもんとドラえもんのポケットみたくヤバいときになったら孟嘗君を助けに代わる代わる食客の宿舎から出てくるという、いかにものび太君チックな話がこの孟嘗君の話な気がします。
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