燕の文公の時に、秦の恵王は自分の娘を燕の太子の夫人とした。
文公が亡くなり易王(いおう)が即位したが、この時斉の宣王は燕の喪中に攻撃を仕掛け、十の城を落とした。
ここで蘇秦は燕のために斉王に話を説くことにした。蘇秦は礼をして祝辞を述べた後に、斉王の顔を見ながら弔辞を述べた。斉王は激怒し武器に手をかけ、蘇秦に出て行けと命じた。
「どういうことだ。祝辞と弔辞を同時に述べるとは」
蘇秦はこれに答えて言った。
「どんなに飢えた人でも毒を食べたりはしません。仮にそれで空腹を満たせても死は免れないからです。
ところで燕は弱小国でありますが、秦とは結婚によって結ばれております。
斉は燕の十の城を落としましたが、これによって秦の仇敵となられました。
弱い燕を先鋒とさせ、強国である秦に後方を脅かされ、天下の他の諸侯も敵に回しますのは、空腹を満たすために毒を食らうのと等しいと言えましょう」
斉王「ならば今後どのようにすればよいのか」
蘇秦は答えて言った。
「聖人が物事を行えば、禍いを転じて福と為し、失敗を基として成功するものであります。
斉の桓公は夫人に悩まされておりましたが、まさにそのために覇者の名を上げることになりました。
晋の韓献(かんけん)は邲(ひつ)の戦いにおいて罪を犯しましたが、これによって三軍の結束はまとまりました。
もしも王が私の献策を聞いてくださるのでしたら、燕に十の城をお返しになり秦に謝罪するに越したことはありません。自分のことを考えて斉王が燕に対して動いたのだと知れば、秦の方では斉に恩義を感じるでしょう。
燕も特に理由のないまま城を返されたとあれば斉に恩義を感じます。
つまりこの一手で仇敵の関係を脱し、三国は厚い交わりをかわすことができるのです。
さらには燕と秦とがそろって斉に仕えることにでもなれば、天下の諸侯は斉王の威光に服従することになるでしょう。
王は中身のない言葉を秦に与え、燕に十城を渡すことで天下をお取りになるわけです。これこそ覇王の行いです。そしてこれが禍いを転じて福と為し、失敗を基として成功するということなのです」
これを聞いて斉王は大いに喜んで、燕に十の城と黄金千斤を送って謝罪した。そして泥土の中にひざまづいてどうか兄弟の契りを結んでもらいたいと願い出て、そして秦にも謝罪したのである。
・この話、史記に基づいて考えるかそうでないかで大きく変わるでしょうね。
詳しくは蘇秦
蘇秦と張儀とは同時代というのが広く知られていたようですが、それは間違いだったと。
張儀が活躍した少し後の時代の人が蘇秦だったということのようです。これがつい40年前の発掘で明らかになったようです。
弱小の燕で働いており、大国である斉に恨みを持って動いているなというのがよくわかります。
これを踏まえてこの話を見ると、全然印象は違ったものになるかなと。
・いかにも理路整然と斉王を説いてこれぞ覇者の行いと言い立てていますが、その魂胆は斉憎しであると。
話を聞いて喜んだ斉王はそれはいいと大喜びしていますが、燕に城を返すだけでなく黄金まで贈っています。
一斤は500gだそうですから千倍すると500㎏。金1㎏の値段を調べてみますと最近のでは約456万円とでてますから、それを500倍すると約23憶円となります。
まあ当時と今ではいろいろ違うので一概には言えないでしょうが、まあ巨額の金が動いたと。なぜか斉王は燕に贈っているわけです。蘇秦に見事に乗せられて、もうすぐ覇者になれるぞ、燕だけでなく秦も従わせられるぞ、よしここはちょっとかっこいいところを見せねばと見栄を張ったのでしょうか。まあ見事に騙されているなと思えます。蘇秦の方が圧倒的にやり手のようですので、騙されてることにも気づかないかも知れません。
・蘇秦の合従策に対抗して張儀が連衡策を説いて回った……というのが「定説」ではありますが。それに基づくと、蘇秦は強国秦に対抗して各国の同盟を結ぼうとしていたとなり、張儀がそれを打ち破るために各国の同盟を破棄して回ったと。蘇秦の企みを張儀が破壊して回るという図があります。
でもそうではなく、張儀の後年に活躍していたのが蘇秦であるとすれば、蘇秦はただ各国を共同させて動かすことを念頭に置いていた。そして憎い斉を最終的に皆で攻撃することを考えて動いていたとみることができるでしょう。そしてこれはそれと見せない形でありながら、斉を弱体化させる蘇秦の意図が大いにある。
許してくれ、兄弟の契りを結んでくれと燕に対して頼み込む斉王、というのはまんまと蘇秦に乗せられてるなと。そしてそれを見てほくそ笑む蘇秦の姿が浮かんでくるような描写だなと思います。
・災い転じて福と為すというよく知られることわざの語源といってもいいものでしょうが、これによって本当に災いを福としているのは、斉ではなく燕の方でしょう。
葬式をしていたら、隙を狙って斉が侵攻してきた。城も十奪われた。
しかしうまく言葉を操ることによって城を返却させ莫大な資金まで手にし、さらには斉王まで迎合してくるような有様です。手玉に取っているといっていいでしょう。
斉の方では福を転じて災いとしてしまった、その最も大きな災いとは、蘇秦を信じてまんまと乗せられること、そしてそうなるまでに蘇秦の言葉を信用してしまったことにあるといえるのではないでしょうか。
・なんかアメリカのサブプライムローンを髣髴とさせますね。
住宅の値段が上がりますよと言って住宅を買わせつつ、値段が上がらない。たくさんの破産者や夜逃げ家族を生んだ一方でものすごい業績を出した英雄を輩出したのも確かです。なんか縦横家の手口そっくりですね。
もしかしたら縦横家の血脈がこうして現代まで息づいているのかもしれませんが、あまり好きにはなれない話です。
せっかくなんでサブプライムローン
・この話の続編はこちら
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