戦国策27、貂勃が田単の犬となる話






 貂勃(ちょうぼつ)はいつも安平君(あんぺいくん)である田単(でんたん)を「あいつは小人だ」と言っていた。田単はこれを聞きつけて、酒席を用意して貂勃を招待して言った。
「私はどういうことで先生に罪を犯しましたでしょうか。常々朝廷でお誉めいただいているようですが」
 貂勃は言った。
 「盗跖の犬(とうせきのいぬ)は堯(ぎょう)に吠えましたが、それは別に盗跖を尊び尭を卑しんでのことではありません。犬は必ず主人でないものに吠えるからなのです。
 ところで今、公孫子が賢者で、徐子が愚者であると致しましょう。そこでケンカを始めるとするならば徐子の犬はやはり公孫子の足にとびかかり噛み付くことでしょう。
 しかし、もしもその犬が賢者のところで働けるようになったとしましたら、その犬は相手の足に飛びつくだけではとても済まさないでしょう」
 これを聞いた安平君は、
 「謹んで教えに従いましょう」
 と言い、翌日王に貂勃を推薦したのである。



 ・この話の前提としてまず、「盗跖の犬」(とうせきのいぬ)という表現を知る必要があります。
 これ「跖狗吠堯」(せきくはいぎょう)とも言います。
 泥棒である盗跖(とうたく)は犬を飼っていました。この犬は、古代中国で聖人として知られる堯(ぎょう)に向かって吠えましたが、別にそれは尭が聖人であるとかないとかではなく、主人である盗跖が悪人であるとかないとかも関係なく、犬はただ飼われている主人以外に吠えるものだということです。
 ここから、善悪に関係なくただひたすらに主人に忠義を尽くすこととか、部下はひたすらに主人のために忠勤を尽くすべきだという意味になったものです。
 (余談ですがこれ、漢検1級にもでるっぽいですね(笑))



 ・田単は、斉の人ですね。
 楽毅(がっき)が燕の将軍となり、燕王の命に従って斉を侵攻したことがあります。各国とも連携して斉を攻めましたが、当時斉といえば強国の一つ。舐めてかかっていましたが、楽毅が名将だったこと、各国が共同して攻めてきたこと、つまり自分に味方してくれる国もなく孤立無援だったこと、そして自国は強国だと高をくくっていたこともあって、斉は首都である臨淄(りんし)をいきなり奪われ、慌てた末に滅亡寸前まで追い込まれます。
 最後の二城のうちの一つにいたのがこの田単でした。
 その時一般人でしたが将軍に抜擢され、計略を使って楽毅を燕から追い出し、斉をまとめ上げ、燕から都市を次々と奪還し、斉を元通りにしたという人物です。その時の功績を買われて、安平君となったという経緯があります。


 詳しくはこちらに
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%8D%98


 で、この安平君が貂勃を呼んで、
「最近なんかいろいろと先生にお誉めいただいてるようですが」と。
 まあ明らかに皮肉ですね(笑)



 ・この話の「犬」はこの盗跖の犬と、貂勃自身の二つを意味していますね。
 「貂勃は犬ですので、相手が聖人であるかないかを問わず噛み付くのが仕事ですから」と。
 噛み付くというのは、田単に悪いことを言っている、評判を害しているということでしょう。
 田単の政敵なりを主人にしているのかはわかりませんが、恐らくそうなんでしょう。




 ・で、「公孫子」の公孫は偉い人というような意味が一応あります。
 公孫瓚(こうそんさん)とか公孫淵(こうそんえん)とか三国時代あたりにいますが、ほんのちょっと、少~しだけエリートなんだぜ的な意味合いがあると思われます。お前らとは違うんだぜ的な感じでしょうか(笑)


 公孫氏についてはこちら
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%AD%AB%E6%B0%8F



 ここでは、田単を偉い側の人として見立てるために「公孫子」というのを例に出していますが、これは別にAさんBさんくらいの解釈でも別に問題はないかなと。要するに貂勃の中の気持ちには、田単をちょっとだけ持ち上げたい気持ちがあるんだなと。



 ・今、犬(貂勃)はしょうもない主人の下にいて偉い人の足に噛み付くくらいのことしかできませんが、もしも偉い人の下にいたとすれば、噛み付くくらいのことでは済ましませんと言っています。
 要するにオレを推挙してくれと言っています。
 そうすればもっと働いてやるよ、今は力がないし、主人もしょうもないからあんたに噛み付くくらいの働きしかできないが、もっと場を与えてくれればもっとすごい働きをしてやるよと言っています。



 これを真に受けて推挙した、というのではいかにも単純な話ですが。
 恐らくはこの比喩能力の高さ、大功を立て素晴らしい能力を発揮したことのある田単を敵に回すことすらも恐れない不敵な心、そして犬のように忠義を尽くす、仕事をこなすことに関する律義さというのが田単の心を打ったのではないかなと。
 そして翌日、田単が王に推薦する流れになるということのようです。




 ・で、この後日談がないかなと思って探したらありました(笑)
 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154884260/episodes/1177354054881631107



 つまりこの話をふまえると次のようになります。
 ①田単を貶めよう、王に処刑させようとする流れがあり、貂勃はそれは斉のためにはならないと思っていた。
 ②だからこそ自ら朝廷で「田単は小人だ」と言いふらすことになった。それが言いふらせるということは、朝廷内でそれが許容されるということでもある。なにしろ9人も敵がいるのだから。
 ③貂勃が出世し、王の近くで力を持つことでいざという時に田単を守ることができるという目論見があった。
 →実際に田単が危うくなった。誹謗中傷で、謀反の疑いありとなった。
 その時にすぐに王にかけあって9人を切り、田単を守ることになった。
 ④田単の功績は改めて評価され、さらに領地を加増された。




 この①~④を踏まえてこの話を見るとまた赴きがあると言えます。
 というより、この話はそれを踏まえて初めて輝くものがあるといえる、真価を発揮すると言えるでしょう。
 重要なのは「予防」ということです。
 そして結果的にその予防に成功しているといえる。


 
 たびたび引き合いに出しますが、「狡兎死して走狗烹らる」ということわざがあります。
 ウサギが取りつくされれば、ウサギ用に飼った犬も用済みとなる。そうなれば、ウサギの次は犬が煮られる番だ。
 ウサギ鍋の次は犬鍋だ。そういう意味です。
 項羽が死んだら韓信が殺害されたというのはちょくちょく出しているので割愛します。



 田単も同じで、この時代の名将である楽毅を燕から追い出し、極めて短期間のうちに燕から城を全て取り返すことに成功します。滅亡寸前だった斉が、最盛期同様の版図を広げることになるのです。
 その功績が認められ安平君となる、安平の君主扱いされると。一般人だった田単にとっては大抜擢だと言ってもいいでしょう。



 ところが一旦滅亡の危機が去ると、今度はその功績の大きさが仇となる。素晴らしい計略、素晴らしい用兵ですが、それがもし味方に向けられたら?
 また、田単ほど素晴らしい人物が身内にいたら?
 功績は全て田単のものになるといっていいでしょう。
 まばゆい太陽の下では、小粒の星など輝きようがないのですから。
 はっきり言えば邪魔です。太陽が消えれば、星々は輝くことが可能になるのですから。



 つまり田単失脚計画、田単暗殺計画が大いにあったと言っていいでしょう。
 でも田単がいなくなれば斉など元に戻ってしまう。
 優秀な将軍を使いこなすことができなくて何ができるというのか。
 貂勃がそうして危惧していたのは斉の未来でしょう。



 
 「賢者の下に行ったとすれば、犬は相手の足に噛み付くほどでは済まないでしょう」
 と言った貂勃ですが、現に田単の危機を救い9人を殺害することに成功します。
 田単は優れた将軍でしたが、計謀に秀で用兵術もある、そうした将軍ですら一人では弱いものですね。否、むしろそうした強さが自らの破滅を招くことがある。
 そうした例は枚挙に暇がありません。
 そうした危難に際して、田単と貂勃とはうまく連携して危機を乗り切った。貂勃は抜擢してもらった恩を返したし、それでこそ田単は抜擢した甲斐があるといえる。
 こうして、結果的に斉の発展に貢献することに成功したというわけです。




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