指桑罵槐(三十六計26、併戦②)







 指桑罵槐(しそうばかい)……「桑を指して槐(えんじゅ)を罵る」
 →文字通りの意味:桑を指してえんじゅの悪口を言う。
 ※えんじゅ……マメ科、街路樹や公園に多く植えられている。ここでは要するに全然関係ないけど、一応木として共通点のあるもののことを指している。
 →第三者を責めることで、当人への反省や警告を行う。



 ・解説……大きい者であり小さい者を圧倒的に凌ぐ者は、戒めや警告によってこれを導くのである。強気な姿勢もその力を持つ者が正しいのであれば応じるものだし、従わないのであれば脅して従わせることになる。「剛中にして応じ、険を行いて順」(ごうちゅうにしておうじ、けんをおこないてじゅん)。
 ・解説の解説……もともとはこれも『周易』中の表現。戦争などを仮に起こしたとしてもその人が正しいと思われていれば人は従うものだと。強く、かつ正しいと思われていれば人は従うものだがそうでない、力がないとか、力はあってもそれが正しくないということになると人は従わない、そうなると人を従わせるために脅すことになったりもすると。




 これ第13の打草驚蛇にも似ているところがありますね。遅刻常習犯を怒ってギリギリの人たちをびくっとさせる。ある人を叱ることで周りの注意を促すかのような例を書きましたが。
 でも打草驚蛇はあくまで攻戦なわけです。攻めつつ視野にいれるべき計謀、ということになると、例えば曹操が袁紹と戦った。官渡の戦いによって打ち破り、袁紹を滅ぼしていった。そうなると次は誰が滅ぼされる番だ?となる。
 劉表か、孫権か?
 そうした威圧感があるわけですし、事実劉表はともかくその配下は滅ぼされる前に曹操に降伏して領土をもらった方がマシだという機運が出てくるわけですね。そして劉表が病死すると同時に、後継ぎとなった劉琮(りゅうそう)は曹操に降ります。曹操からしてみれば戦争して互いに被害が出るよりは、無傷で領地を手に入れた方がいいわけで。そうなると、袁紹を滅ぼして「次はお前の番だ」と周囲に示すことは非常に有意義だといえるでしょうし、事実曹操はまるまる劉表の領土を全て無傷で手に入れることができたと。これこそがまさに打草驚蛇になるといえるでしょう。そして「じゃあ次は誰の番だ?」とやるわけです。
 


 →教訓:打草驚蛇は敵に示すもの、指桑罵槐は味方に示すものであり、それによって利益なりなんなりを得ようとしているところに特色があるといえる。



 一方の指桑罵槐は併戦になります。他国と同盟をし、共同してどこかを攻める。味方と一緒に何かを成し遂げようとする、そうした時に用いるのがこれであると。
 曹操がどこかとの対陣中に、食糧が足りなくなったことがありました。その時食糧の担当官を切って「この者が食糧をネコババしていた、だから食糧が足りなくなったのだ、皆の者申し訳ないが勝つまでの間、力を貸してもらいたい」と言ったことがあります。
 そうすると皆は「ふてえ野郎だ」「オレたちが一生懸命やってた時にこいつは私腹を肥やしてやがったのか」と日頃の怒りや不満をぶつけてすっきりし一致団結し、そうしてさらに食糧の乏しい中を敵と戦うことができたのだと。
 ここでは味方の不正を作り上げてその者に全責任を背負わせることで、一生懸命やっていること、不正を許さないことなどを元に一致団結を図っていると。



 曹操からみれば、ありもしない不正を責めることで全員へ「不正は許さない」「一生懸命やっているものが報われるべきだ」ということを示そうとしたと。結果的に見れば、ひとりが犠牲となって味方の団結や士気の高まりを得ることができた。それが狙いだと言えるのではないでしょうか。
 →教訓:指桑罵槐は味方の側の士気を上げたり、団結を強めようとしたりする狙いがある。



 この話自体が効果的ですけど、要するに曹操の捏造なのであまり後味がよろしくないので。
 韓信が大元帥に任された後に軍法の厳罰化を行いましたが、あまり効き目がよろしくありませんでした。それは上の者が「オレは特別だから」と平然と法を破る状態が続いており、上が破っているのであればオレたちも守ってもムダだとなり効き目が薄かったわけです。
 そこで韓信は軍法を破った中で一番偉いものを罰して斬首としました。
 それによって順法意識が高まり、軍が強くなったという事です。
 


 →教訓:下の者に団結を求めたいのであればまずは上の者から示す必要がある。上の者が特別だからと越権行為をする、それによって自らの権威や特別さを示す状態が続いていては、まとまるものもまとまらなくなる。








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