順手牽羊(三十六計12、敵戦⑥)






 順手牽羊(じゅんしゅけんよう)……「手に順いて(したがいて)羊を牽く(ひく)」
 →文字通りの意味:勢いに乗じて、羊を盗む。他人の物を盗む。敵の隙を見つけたら手当たり次第に掠め取るという意味。
 →もともと:「たまたま手に触れた縄を引いたら羊がついてきたと羊泥棒が強弁した」という故事に基づく。


 

 ・解説……微かでも隙があればそこは付け入るところとなる。少しでも利益があればそれは必ず付け入るところとなる。小さな隙に付け込んで、少しの勝利を得るのである(「少しく陰、少しく陽」)。


 項羽と劉邦の戦いの時の、彭越(ほうえつ)を思い出させる話ですね。
 劉邦は蕭何(しょうか)がいたため、後方から前線に物資などの補給が途切れることがなかった。韓信は元帥として兵を率い、張良は様々な作戦や計略を練った。
 ところが項羽は補給がいつも続かなかった。勝っている時は短期決戦でいいが、少しでも持久戦になると補給が続かないことに困らされた。その上この彭越が後方で食料を焼いては逃げるというゲリラ戦を展開したためますます困ることになったと。大戦で圧勝する、とかそういう形の勝利ではないわけですが、しかしこうして地味に項羽の後方をかく乱し続けた影響は大きく、実際項羽は戦闘は大の得意でも補給とか後方支援とかはニガテだったし、そもそも頭をそっちに使いたくなかった。その大のニガテの範囲を攻め続けた影響は大きく、項羽はいつも物資不足に困らされて劉邦を追いつめても物資不足から撤退せざるを得ない状況に追い込まれた、という話です。要するに詰めが甘かったし、詰めが甘くなっていた。なぜ劉邦に決定打を与えられないかと言えば、そこの部分があったというのにとうとう最後まで改善することができなかった。恐らく「なぜいつも肝心の時に物資が足りなくなるのだ??」というところを徹底的に突き詰めることもできなかったし、そこまで頭を回していたかも怪しいです。仮にそこまで思ったとしても、その次の段階まで進むことはさらに怪しかった。



 彭越の行動は決して項羽の最期に決定打となりはしなかったでしょうが、項羽の不得手の分野をコツコツと攻め続けた。そして項羽に決定打をとうとう使わせることがなかった。そして劉邦は勝ち、彭越はその功績の高さを認められ梁王に封じられました。その後は悲惨ですが、彭越がやってきたこと、そしてそれが王という形で報いられたことは重要な意味を持つと言えるのではないでしょうか。
 →教訓:小さな影響であるように見えるかも知れないが、敵の苦手分野をコツコツと攻め続ける効果はバカにならない。



 これで「敵戦」も終わりです。あまり敵戦の、自分と同じくらいの相手と戦うという事に主眼を置いてない気もしますが(笑)、次回からは「攻戦」に移ります。


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