笑裏蔵刀(三十六計10、敵戦④)





 
 笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)……「笑いの裏に刀を蔵す(かくす)」
 →文字通りの意味:笑いの裏に刀を隠す。内心を隠して敵の油断を攻める。



 唐の時代に李義府(りぎふ)という人物がいた。温厚な人物で笑顔を絶やすことがなかった。ところが宰相になると意に沿う者は取り上げ、意に逆らう者は容赦なく罰した。このことから、「義府は笑中に刀有り」と恐れられた。
 ・解説……信用があって人々を安心させつつ、裏でははかりごとを企む。十分に準備をした後に動き、変わったところがあると思われてはならない。内面は剛胆でありつつ、その外は柔和(にゅうわ)にするのである。



 外面と内面とを一致させない。言ってる内容は過激だけど物腰は柔らか、なんてのは現実でも多く見られることでしょう。それは別に孫子を元にして「虚と実と」、つまり近くの物を遠くに見せたり、兵士が少なくても多く見せるとか、そういう兵法に基づいて使い分けをしているわけではないのですが、まあ現実はかなりそうなっている。言ってる内容が過激だからと言動も高圧的にしていたら誰からも門前払いでしょうし、内容がしょうもないことだからと言動をいかにもしょうもなさげにすることも、まあ多分ない(笑)誰もが礼儀とか空気感をなんとなくでも重んじているからこそ、言葉遣いを丁寧にしたりあいさつしたり社交辞令などを重んじたりすると。
 で、そうした前提がある、それが潤滑油となっているからこそ人と人との関係もうまく回っているところがあるといえるでしょう。「無用の用」みたいなもんですが、それ自体は特に何も意味はなかったとしても、それが全体において果たす役割はバカにならない。そういうものを削りに削ったら、うまくいくものもうまくいかなくなる。そういうものがいかに重要かということを示してもいるでしょう。李義府のように、内心では全然違う事とか残虐なこと、自らの地位を保全するとかしか考えてなかったにしても、それは傍目からはわかりませんからね。
 →教訓:「無用の用」の持つ効果はバカにならない。それを不要だと削り落としたら、うまくいくものもうまくいかなくなってしまう、そうした場合がある。



 老子なども言ってましたが、器は中が空洞になっている、この空洞がなければ水も入れられなければ何も入れることができない。つまり器はこの無用な空洞なくしては何ら力を発揮することができないだろうとか。これなどもまさに「無用の用」ですよね。



 そういえばこのことわざですが、よりストレートに「笑いの内に刀を隠す」ということなら諸葛亮は手紙でそれをするのが得意だったようですね。
 周瑜に手紙出して「あんたの手の内はバレバレだよ」と嘲笑って、激怒させて病気を悪化させて、殺す。
 司馬懿には女性の衣類を送って「将軍ともあろう人が戦場に来て戦わないとは、それでも本当に男か。女ではないのか?」と挑発する。
 曹真には「大将軍のクセにろくに軍事もできないのですね」というような手紙を送って激怒させて、憤死させる、と。
 まるで諸葛亮は挑発が得意で、しかも重病の人間に最期の一発を食らわせて天国に送るような残酷な人間にも思えるような話ですが(笑)、まあこれなどはまさに「笑いの中に刀を隠している」感満載ですよね。







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