隔岸観火(三十六計9、敵戦③)






 隔岸観火(かくがんかんか)……「岸を隔てて(へだてて)火を観る」
 →文字通りの意味:対岸の火事を観察する。敵と川を隔てて対峙している時に敵の様子を冷静に観察する。
 →広げた意味:直接手を下さずとも、勝手に仲違いし仲間割れしているのであれば戦うまでもなく勝てる。
 →さらに広げる:そういう内応工作などは非常に有効であるということ。



 ・解説……最早隠せないほどに敵側の秩序が乱れているのであれば、静観して成り行きを待つのみである。暴動にやりたい放題ではその軍は自滅する他ない。秩序に沿って動くのは楽であり、楽であるということは即ち秩序に沿うことである。
 (注……この最後の部分は「順持って動くは豫(よ)、豫は順以て動く」という占い、卦(け)の言葉があったので中国語の訳を当ててそのまま訳しました。一応占い的には「意志が遂げられる吉兆を表すもの」だそうです)



 
 これ、曹操の子曹丕(そうひ)が劉備と孫権の戦いを見てる感じが近いかも知れませんね。もともと劉備と孫権とは同盟して一緒に曹操と戦った仲です。でも荊州(けいしゅう)という領土を劉備が孫権に渡さなかった。でそうしているうちに荊州の守将である関羽が孫権によって殺され、張飛も殺され(まあ張飛は自分の部下にですが)怒り心頭に達した劉備が孫権を攻め始めると。
 曹丕としては痛快でしょう。手を組んでいた者同士が憎しみ合い殺し合ってくれれば何もせずとも戦力は減る。その間に戦力の増強を図れば差をつけることは可能なわけですから。
 まあ曹丕が何か工作らしいものをしたかとなると、特には何もしていないですけれど。




 ・もう一つ例を挙げるとするなら、咸陽に向かう途中の項羽と劉邦の差がいいですね。
 懐王(かいおう)が項羽と劉邦に対し、それぞれ別ルートから咸陽を攻略しろと命令したことがありました。で先に入った者を王とすると決めたと。
 項羽は徹底的に皆殺しにしました。そうすると道中の誰もかれもがどうせ殺されるんならと徹底抗戦始めるわけです。
 一方劉邦は戦う気がないなら降伏も認めるし、そのままにして命も何も取らず咸陽を目指しました。
 すると劉邦が先に咸陽に入ることになる、というくだりがあるわけですが。



 項羽の道中はもう皆必死で殺されないために抵抗するわけですが。
 それに比べれば劉邦は降伏したものは許す、敵に戦う気がないのなら戦わないので道中が平穏だったと。むしろ積極的に住民の方から協力する。そういう場合もある。
 自軍に損害なく勝つことができる、むしろ協力があり自軍の戦力が増す。これは孫子の「勝って自軍の勢いを増す」に通じるものがあると言えるでしょう。普通は、勝っても損害や被害がバカにならなかったりするものなのに。
 これは別に劉邦が工作してやろうとして意図してやったものというではないわけですが、殺さないとか、ひどい目に遭わせないとか、平穏をそのまま保たせるとか。
 そういう善行が巡り巡って項羽より先に咸陽にたどり着かせたという意味では興味深いものではないでしょうか。
 「情けは人の為ならず」と言いますが。
 善行や優しさ、慈しみの心。一見役に立ちそうもないそうしたものが、時と場合によっては工作を上回る場合があるという例じゃないでしょうか。


 まあ絶対に役に立つよとか、そもそも最初から効果狙いでやるってものではないでしょうが……それもへんな話で(笑)もう一方の項羽があまりに悪鬼なので比較するとまるで地獄に仏のように見えることもあるのかなと。



 →教訓:情けや善行や優しさが時と場合によっては工作を上回る効果を発揮する場合がある。「情けは人の為ならず」とはいうものの、巡り巡って自分の役に立っている、効果に表れている場合があり、これがなかなかバカにできない。






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