無中生有(三十六計7、敵戦①)






 無中生有(むちゅうせいゆう)……「無中に有を生ず」
 →文字通りの意味:無の中に有を生ずる。虚を実に見せかけることで、敵の判断を狂わせる。


 「たくさんの竈(かまど)を作ったり多くの旗指物を立てたりすることで兵が多いように見せかける。それによって敵が惑わされているうちに兵力の充実を図るというもの」
 →広げた意味:無い物を有るように見せかける→敵の判断を狂わせる→時間稼ぎしている間にこちらの戦力を充実させる。



 ・「敵戦」というのはこちらと敵との実力がほぼ等しい時に用いるものだとあります。「勝戦」はこっちが勝っている時に一気に詰めて勝敗を決するもの。だとすればこれはじゃあ戦力が大体等しいとすれば、どのような方法でその状況を打開するか、を考えたものだと。
 かまどや旗で人数を誤魔化す。これで時間稼ぎしている間に、例えば援軍がやって来るとか。疲労している自軍を休めようとか。奇策を使っている間に自軍の鋭気を養おうとかそういう意味合いが強いように思われますね。恐らくそういう意味合いが一つけっこうあるのかなと。



 ・もう一つ思うのは「かまど」ってことです。かまどと言えば先述の孫臏(そんぴん)とそれから諸葛亮のふたりが挙げられるかなと思います。
 孫臏は「勝戦」②であった通りに、敵の包囲網ではなく敵の首都を攻めることで敵の包囲網を破ることに成功します。それからしばらくして馬陵の戦いがあるわけですが。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E9%99%B5%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
 この戦いではでかまどの数を次々に減らすことで、孫臏は自軍に「逃亡兵が相次いでいる」ことを敵軍にアピールします。龐涓(ほうけん)としては、敵軍が次々に逃亡しているような状況で勝機を逃すわけにもいかないので、これはチャンスと休む間もなく急行して孫臏らを殲滅しようとします。ところがこれが罠で、ニセ情報に引っかかった龐涓は孫臏によって殺害されます。
 

 
 これによってさまざまなことが分析できるように思います。
 ・ニセ情報など、それによって敵軍をまるで手玉に取るように操る方法があり、孫臏はそれに長けていること。
 ・いったん人がチャンスに食いついたら、そう簡単には離さないということ。
 ・敵が急行軍でやってくることで疲労困憊する一方、待ち受ける側は待機するのみなので鋭気を養えること。
 ・最終的に敵を極めて不利な状況に、味方を極めて有利な状況に置くことで敵の被害を最大化し、味方の被害を最小化しようとする狙いがあること。その差を圧倒的に開かせることに意義を置いていること。
 ・楽にかつ圧倒的な差で余裕をもって勝てば、次を考えることもより容易になっていくこと(⇔辛勝は次に繋がらない)



 ともかくただ勝つだけではなく、勝つことにより多くの意義を持たせることに結果的に成功しているなと思います。
 で、これを踏まえて大体500年後くらいに諸葛亮はこの孫臏兵法をリスペクトした戦法を立てます。まあ単なる伝説かもしれませんが、諸葛亮は司馬懿と対峙している時に撤退せざるを得なくなります。司馬懿に追撃されたら大打撃になりかねない。
 そこで諸葛亮はかまどの数を孫臏とは逆に多くしていきます。すなわち「兵士数がだんだん増えている」という状況を魏に対してアピールすると。撤退しながら兵士が増えているなんて明らかにおかしい。
 ストレートに受け取れば兵士は増えているが、まあこれは間違いなくニセ情報。しかし知恵者である司馬懿は当然孫臏兵法を知っていたでしょう。つまり「深追いすれば龐涓のような痛い目に遭いかねない」「しかも相手は諸葛亮」……深読みした末に、敢えて危険な橋は渡るまいと司馬懿は撤退します。
 こうして諸葛亮は、魏の大軍に背中を向けて無事撤退することに成功するわけですね。


















この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村

人気ブログランキング