史記④ 伍子胥(ごししょ)の話





 伍子胥は父、兄とともに楚王であり「暴君」として有名な平王に殺害されかけるが、逃げる。逃げて呉に逃亡しようとし、漁師に向こう岸まで乗せていってくれと頼む。漁師は承諾し、伍子胥を乗せる。
 向こう岸に着いたら伍子胥は剣以外に何もないので剣を渡そうとする。これは100金の値打ちがあると渡そうとするが、断られる。
楚内には「伍子胥を捕らえたものには五万石の扶持と爵位が渡される」というお触れが出回っており、捕らえれば100金どころじゃないんですと漁師は言う。そして男は去っていく。



 ところでこれとよく似たシーンが他にもある。陳平が楚から漢へと逃げようとする場面である(8巻の196ページ)。河のほとりに来ると海賊がふたりいる。その海賊に渡し賃として自分の剣を手渡し、それ以外は何もないことを示して、その機転で陳平は殺されずに済む。これは陳平の機転、頭の良さを示すエピソードとなっている。



 伍子胥と漁師の話をこの話と比較すると、伍子胥の話は特に何も示してはいない。伍子胥の機転や頭の良さ、性格、そういったものは何一つ示されてはいないのである。だが漁師の方では薄々「この人は伍子胥のようだ」と感付いていた。そしてそれをそうと知りながら、役所に訴え出ることもせず伍子胥を見逃した。金でもなく、剣でもなく、莫大な褒美をもらえたかも知れない可能性も全て捨てて伍子胥を見逃したのである。
 伍子胥の方からすると、乗せてもらえるか乗せてもらえないかが怪しく、さらに乗せてもらったとしてお礼に剣を渡したらその後山賊などに襲われた時に困ることになる。その礼もいらないということになる。漁師は何ももらうことなく、剣もそのままにただ伍子胥を向こう岸まで送るのである。
 つまり、
 ①乗せる乗せない
 ②密告するしない
 ③褒美をもらうもらわない
 という三段階があったわけだが、このすべてで伍子胥の有利な方へと事を運んでいると言える。これがなぜかについては全く記載されてはいない。
 ただこれを推測すると。
 ・楚王である平王に強い恨みを持っていた
 ・伍子胥の境遇に共感を持ち、同情していた(父と兄が捕まえられている状態)
 ・呉に好感を持っていて協力者を増やしたかった
 ここらへんが考えられるのではないかと。これのどれか、あるいは幾つかが漁師の心に訴えかけるものがあったのではないか。しかもその動機というのは、伍子胥を密告して莫大な褒美を与えられる可能性を蹴るほどまでに強いものだったと。その真偽はわからないし、確認しようもないわけだが。


 ただ、この『史記』というものが本当は死んでいたはずの管仲が鮑叔によって助けられ、桓公に仕えてその力を発揮したり。死にかけていた重耳がうまく逃亡して各国で助けられてとうとう即位したり。そういう話の流れがある。その人だけではいくら力があろうとも天下を切り盛りしてうまく回す力があろうとも、運命には逆らえない。そうした人物が人に助けられ人々の目に見える、あるいは目に見えない協力を得て力を得ていくという流れがあるのである。
 そうしてこの伍子胥の話を見てみると、楚から逃れて呉へと亡命しようとする伍子胥はまさに絶体絶命だったといえる。9割方ここで捕まって詰んで人生おしまいとなるはずだった。それが、いろいろな事情が絡まって伍子胥は助けられてしまった。そして呉へと逃れて富国強兵し、楚への復讐をするわけである。


 「情けは人の為ならず」あるいは「悪事千里を走る」とはいうものの、本人の力とは全く違った世の流れ、運命のようなものがありそうした力によって支えられることで初めて開花する能力や才能というものがある。そうしたことを『史記』は伝えようとしているように思えてならない。








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