タクティクスオウガ⑲ (N)デニムは問題を考えた



 ハボリムは尋ねる。
 「きみは暗黒騎士団と戦ったそうだね。
  きみにとって真の敵はやつらなのかな?」
 これはボード砦でデニムがセリエを助けるために、オズと戦って殺害したことを指している。


 親の仇だとばかり思っていたが、プランシー神父はまだ生きていることが判明した。そして解放軍の意図、すなわち暗黒騎士団と交渉を始めようという意図とは反対に戦ってしまったこと、そしてその騎士のひとりを殺害してしまったことは既に述べた。そしてそれのために解放軍内で四面楚歌、針のムシロになっていることも。ここでハボリムが訊きたいことは、ハボリムが復讐を企むような次元の熱量をデニムも持っているかどうかを確認したいのである。そしてもしそういう熱量を持っているのであれば、復讐のためにデニムと共に戦いたい、その戦いに参加したいと思っている。つまり、デニムと共に戦うことでそのデニムの力と暗黒騎士団と戦う機会とを利用したいと考えていると見てよい。


 つまり虐殺に反対しておきながら再度解放軍に帰属した、その一貫性のなさはデニムの内心のバクラムと暗黒騎士団との憎しみを表しており、それは戦う理由の希薄さ、一貫性のなさ以上に憎しみの強さを表しているものとハボリムは見ている。早い話が、非干渉条約とかさっさと破って戦いたかったんだろう? 解放軍内に混乱をもたらしたとしてもそれで鬱憤が晴らせれば満足なんだろう? ということをハボリムは確認したいのである。


 ここで選択肢が出る。
 1.もちろん、そうです。
 2.よくわかりません。


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 1を選んだ場合、悪いのは全て暗黒騎士団だということになってしまう、バクラムに手を貸したやつらが全て悪いとデニムは言い切る。言及するのは暗黒騎士団が諸悪の根源だということだけであり、争いの元だという事だけである。話の内容は非常に薄っぺらいが、それはともかくハボリムとその熱量や目的はどうやら一致しそうである。非常に単純でわかりやすい。


 さて、2を選んだ場合話は予想外の方向に向いていくことになる。


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 真の敵は暗黒騎士団かと問われても「よくわかりません」と答える。とりあえず目先の敵ですとは言うものの憎しみを物凄く燃やしているよいうよりかは冷めた印象である。
 いや、それ以上に重要なのはデニムはここで問題を構造的に考え始めているということだと言えるだろう。


 デニムはここで「暗黒騎士団のような『力』を利用しようとする者」の存在を挙げる。曖昧なようで、漠然としたようないかにも抽象的な話である。
 暗黒騎士団は強大なローディス教国の圧倒的な力を背景に持ち、その力を与えようとする者であり、バクラムはその力を利用したい者である。そうして力を与える者と欲する者とが合わさった時に、持ちつ持たれつの関係が生まれる。力が欲しいものに力を与えてやる。そうしてローディスはまるで寄生虫のようにバクラムを傀儡政権とする。その触手と影響力を広げ続けるのである。こうして力を利用しようとする。事態を恣意的に、自分に都合のよいように運ぼうとするのである。


 例えばLルートでも、ロンウェー公爵は困り果てた時に絞り出した答えは「……ロスローリアンに援軍を願う」だった。圧倒的な力と人口を保持するガルガスタンを前にすれば、ウォルスタやバクラムのような弱小で今にも滅ぼされそうな民族はいくらでも力が欲しい。力がいくらあっても足りないほどである。まして目論見が失敗し戦力が枯渇した場合には尚更のことだといえるだろう。レオナールの言うところの「援軍を願うという事はその軍門に下るということ」というのはこの事態を示していると言えるだろう。


 話を戻すと、ここで2を選んだデニムは暗黒騎士団とバクラムの関係から問題を構造的なものに置き換え始めているということができる。ガルガスタンを前にしてバクラムは暗黒騎士団に力を願い、それは与えられた。ウォルスタも最初三人だったものがゼノビアの力を加えることでアルモリカ城奪還に成功している。また、自国民を虐殺してその罪をガルガスタンになすりつけることでウォルスタ解放軍はガルガスタンの民意を得て民族融和と平和の実現、そして戦争をする大義の獲得に成功してもいる。
 力を欲するものが力を渡す存在と結びつくことで持ちつ持たれつの関係が生まれる。そうしたいかにも抽象的な段階でデニムは事態を考え始めているのである。


 これを聞いてハボリムはギクッとしたことだろう。なぜならば、ハボリムにとってデニムは憎しみの塊であってそれがあるがために暴発して暗黒騎士団と戦闘を始めたりしている。そうしたらデニムはそうした問題の構造的な分析をしている。それによって、デニム率いる解放軍の立場と力を利用して自らの目的である復讐を果たそうとするハボリム自身が構造的に指摘されているためだ。まさに今、力の欲しいハボリムがデニムにすり寄っていることと、バクラムがガルガスタンの強大な力を前にしてローディスに力を借りたこととどれほどの差があると言うのだろうか。
 この場合、力を「利用しようとする者」は、力を欲するハボリムの側であるわけだが。


 ハボリムはこうして釘を刺される。力を欲する者がおり、力を与える者もいる。与える者はそうして力を利用しようとする。事態を恣意的に操作しようとする意図がある。デニムは漠然とながらそうした構造を指摘する。それはたまたまではあるが、ハボリムを思わぬ方向から指摘し内省させる力を持っていたのである。


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