六韜

さて、六韜(りくとう)に取りかかることにしました。
なんでかって、コピペが非常に楽ですからね笑
従って作業効率がいい、早いと。別にキーボードもいいですがやっぱ効率悪いすから。本質は読んでからじっくり考えることにあるんであって、書くことにはない。
考えて、一体どんなことを汲み尽くせるだろうか、今に一体どのように活きるかが重要なんで。あとはわたしの関心にはありません。
あと、キンドルの以外に本の六韜も持ってますからいろいろ考えるにはうってつけかなってのも思ってます。
(戦国策はそれができないから、全部手打ちなのが絶望的なんすよねー笑)
・わたしは本質以外に興味ないし、余計な知識は調べたらいんじゃね?みたいなのですけど、まあせっかく読むわけだから読まれた方が「なんとかって書物はこうこうなんだぜー」と言えるようにもしたい気がしますね。
「え?六韜って誰が書いたの?いつの本?どんな内容?」
「えーっと……」
「なーんだ知らないんじゃん、じゃあ意味ないじゃん」
よくありますよね。あれキライなんすよ。本の内容よりそういう知識的なのばかり重視するの。本質でもなんでもない、死んだ知識だと思ってます、わたしは。六韜テストで100点取りたいならすりゃあいいけど。
あ、やっぱ言ってて腹立ってきたからやっぱやめよ笑
調べたら出てきますんで調べてください笑





①"文王(ぶんおう、紀元前1100 年ころの人で、殷(いん)を滅ぼした周の武王(ぶおう)の父)
がこれから狩りに行こうというとき、吏編(周の太史で名を編とある、歴史の記録係のこと)が占いをしてこのように言った。「渭陽(黄河の支流である渭水の北)で狩りをすれば、大いに得ることがあるでしょう。(その獲物は、)龍でもなくミヅチでもなく虎でもなくヒグマでもありません。この占いの結果では公侯を得ると出ており、天があなたさまのために師をお遣わしになります。この人物は我が国の発展を助け、その施しは三代にまで及びましょう」文王は言った。「その占いの結果とはどのようなものか」吏編は答えて言った。「編之太祖(舜の時代の歴史記録係の役職名)の史疇(その記録係の名前)は、(はるか昔の伝説的な王である)舜のために占いをして(初めて法律を制定したとされる)皐陶を臣下として得ました。今回の占いの結果はこれに匹敵します」 文王は、(このことを聞いて)三日間(精神統一のために)斎戒をした。


②こうして、狩りの車に乗り、狩りの馬を走らせて、渭陽で狩りをした。その途中で、太公望が粗末な敷物に座って釣りをしているところに出くわした。文王は(平均寿命が短く当時では珍しいはずの老人が釣りをしていたから、)太公望をねぎらってから、これに尋ねて言った。
「あなたは釣りを楽しんでおられるのですか」太公望は答えて言った。
「わたくしめはこのように聞いております。君子はその志を得ることを楽しみ、小人は何かを得ることを楽しむと。今、わたくしが釣りをするのには、この言葉に非常に似た所があります」
文王は言った。
「似た所があるとは、何を言いたいのでしょうか」太公望は言った。
「釣りには三権(三つの均衡)というものがあります。俸禄の差がこの均衡を保ち、命をかけることへの意気込みの差がこの均衡を保ち、役職の位の差がこの均衡を保ちます。そもそも釣りとは、得ることを求めてするものです。この心は奥深いもので大きな視点で観てみることで分かりましょう」
文王は言った。
「その心についてお聞かせ願いたい」太公望は言った。
「水源が深ければこそ水は流れ、水が流れてこそ魚も生まれるのですが、(その心というのは)このような心です。
根が深ければこそ木は成長し、木が成長すればこそ実ができるのですが、このような心です。君子というものはその心を同じくすればこそ親しみ和合し、親しみ和合すればこそ事業というものも成されるのですが、このような心です。 言語応対といったものは、この心の飾りであります。言葉のうちでも実に心のあるものは、事業の極地であります。
今、わたくしめは、この実に心のあること(つまり、事業の極地)について憚りなく申します。あなたさまはこれをすんなりと聞き入れてくださいますか」
文王は言った。
「(そもそも諌めの言葉、つまり忠言とは忠告のことであり、並みの人がこれを聞くと、自分の欠点を指摘されたとして、たちまちにして怒ってしまう。だから、)
ただ仁の人だけが正しく諌めを聞き入れて、その実に心のあることをすんなりと受け入れるものだ。(しかるに私は未熟者である、)どうして自分がそれをできるといえようか」
太公望は(このように自分の未熟さを認めることができる者こそ、正しい諌めを聞き入れる者であると判断して)言った。
「釣り糸が細くて餌がよく見えれば、小魚がこれを食うでしょう。釣り糸が調えられており餌に良い香りがあれば、中魚がこれを食うでしょう。釣り糸が丈夫で太くとも餌が豊かならば、大魚がこれを食うでしょう。釣られる魚とは、その餌に食いつくのですが、釣り糸によって引かれます。人は俸禄に食いついて、君主に心服するのです。 だから、餌によって魚を取れば魚を殺すこともでき、俸禄によって人を取れば人に力を尽くさせることもでき、家によって国を取れば国の障害を取り除くこともでき、国によって天下を取れば天下を尽くすこともできるのです。 ああ、糸のように長く寄り集まりながらも、集まったものは必ず散り散りとなってしまう。ひっそりと暗闇にあるようでありながらも、その光は必ず遠くまで届く。微かななることよ、聖人の徳、ただ一人で体現し誘い込んでいく。楽しきことよ、聖人の慮り、それぞれをその次に帰し、一つに集約していく(聖人の徳とは、ほのかな光のみを発しながらも遠くまで届き、こうして皆をひとつに集約していくものです)」文王は言った。「集約する先をどのようにすれば、天下はそこに帰するのだろうか」
③太公望は言った。
「天下は一人の天下ではありませぬ、すなわち天下の天下です。天下の利を(皆にとって)同じにする者こそ天下を得ることもでき、天下の利を(自分だけにとって都合のいいよう)勝手にすれば天下を失ってしまいます。 天には時があり、地には財があり、(天の時である季節を見計らいながら、地の恵みを財物として)よく人とこれを共有することが仁であります。仁のある所、これが天下の帰する所です。
人々が死を免れるようにし、人々の障害を取り除き、人々の心配事を救い、人々の窮状を解決するのが徳であります。徳のある所、これが天下の帰する所です。
人々と心配事を同じくし、楽しみを同じくし、好むことを同じくし、嫌うことを同じくするのが義であります。義のある所、これが天下の向かう所です。
そもそも人とは、死を嫌いその上で生きることを楽しみ、徳を好んでその上で利に帰するのですが、よく利を生ずるものこそが道であります。道のある所、これが天下の帰する所です」文王は丁寧にお辞儀をして言った。
「まことにその通りです。敢えて天からの思し召しを受けてはくださりませぬか」 こうして一緒に帰り、太公望を取り立てて師とした。

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