気づくこと気づかないことと直すこと直さないこと

めちゃくちゃ久々に書く気がしますがいかがお過ごしでしょうか。
やる気がなくなったのではなくて笑、最近忙しいのでなかなか時間がとれませんのでなかなか書けませんわ笑
まあこんなん書いたって読者離れは進む一方だったりして笑


向上心が大切だってのはよく言われますが、じゃあ向上心とはなにかってのは非常に難しい問題だと思います。下手すれば向上心を持て向上心は大切だといいながら向上できないなんてことも多々あると思います。つまり、向上心と具体的に向上することとは全く異なることであると。向上心をもつことは向上するための手段に過ぎず、最終的に具体的な形で向上するってことが目標として求められているのではないかと思います。少なくとも向上心はそれじたいは決して目的ではない。具体化を諦めた向上心に向上心の名を与えるようなことがあてはならない、それにもかかわらずこの国でまさか「向上心を持ってはなりません」なんて事態が起きるはずもないので、形的には「向上心を持っている」ということになる。そしてそのことが既に矛盾し形骸化をもたらす元凶となっていると言いたいわけですね。
前提としての向上心ありきと向上しないという実態。それを指摘したいということです。


仕事において向上するとは一体どういうことだろうか。恐らくなんらかの不合理や事態を先に進ませない意味で足を引っ張る存在がある。ではその障害を排除しようとする働き。つまりマイナスをゼロに戻そうとする働きがあると思います。これは確かに向上でしょう。
それから、おおこれをしたら今よりももっと潤滑に物事が進むじゃないかというものもあるといえるでしょう。つまりはゼロからプラスへと物事を推し進める力。これも向上であると言えましょう。つまり向上にはそうしたふたつのものがある、その二つを通して向上ってのは図られるといえるでしょう。


では実際に仕事をしていてマイナスをゼロに、あるいはゼロをプラスにできるものが一体どれくらいあるだろうかと言われればまあなかなかないものかもしれませんし、あっても気づくことがまた難しい。気づくことはまあ容易なことではないと言えるでしょう。こうすりゃいいんじゃね?と気付ければ、これはもうラッキーといってもいいでしょう。
でも仮に気づいたからといってでは実際に向上できるものだろうか。人はあるいは組織はそんなに簡単に変化を受け入れるものかといえば、まったくそんなものではないと言ってほぼ間違いないと言ってもいいでしょう。その気付きがあまりに秀逸で見事なものであればあるほど人は案外反対するものだと思います。むしろその合理性や重要性、緊急性に素直に従えないどころの話ではなく、そんな重要な指摘を他人に先に言われてしまったとか自分の株が左右されかねない、むしろ気づけなかったことで下がりかねないなどということを思案するばかりに受け入れることができないといったことがあまりにも多い。
つまり障害は二つある。
①気付けるか気づけないか
②その気付きを受け入れられるか受け入れられないか
向上心はともかくとして、向上するということの前にはふたつも障害があるわけです。


気付けるか気付けないかなんてのはいろいろな事情や運などもあるでしょうから気づけなくても仕方がないしむしろ気づけてラッキー程度のものだとは先ほど書きましたが。いわば運や天の話だと言ってもいいし、そうした要素が多く出てくるし関わってくる話だと言えるでしょう。
しかし②に関してはまったく事情は異なります。
せっかく手にした向上する機会をなにかと難癖をつけて機会を潰している。これは運でもなく天も関わってはいません。人しか関わっていません。だからこそ、ここまで散々向上心は大切だなんだかんだと口では言ってきたくせに、向上するという行動に関してはここまで怠惰であるということをはっきりと指摘しなくてはならない。
向上心は大切だ持たなくてはならないと散々言いながら向上はしない。向上するための手段としての向上心は尊ぶのに、目的としての向上は拒絶する。その機会が到来しているのに向上することを選ばない。これが向上心詐欺でなくて一体なんでしょう。向上心などとんでもない、怠惰であり、怠慢でしかなく、しかも向上心は持っているという体裁は失っていない。
断罪されて然るべきものだとわたしは考えます。


これがまた責任や安全性が多く関わる仕事の場での実態の話なのだから手に負えないわけです。
だからもっと厳しい目で仕事に臨まなくてはならないと思うわけですよ。
向上心は大切なんて誰にでも言えるけれども、じゃあ実態はどうか。
気づこうとしているかどうか。
気づいた視点を意見を果たしてメンドクサイとかなんだとか難癖つけて握りつぶしていないかどうか。
それによって見えないところで不利益を与えていないかどうか。
真摯にやっている人の方が少ないと思いますけどね。
でもわたしはそこでやる気ねえなとか向上心の欠片も持ってねえなと判断するだろうなあ。


それに、いろいろ仕事は変わったとしても、そりゃやる仕事内容は違うかもしれないけれども共通したもの、共通点とか総体として貯まる経験とかはあると思うわけですよ。それはひとつの物事を極めるという方向性と、幅広く様々なことを経験した方向性とでは全然視点が違ってくるようなものだし、個人の努力や生き方次第で大きく異なってくるものでもあるでしょうが。そのどちらにせよなんだかんだと言って潰すのが仕事、なんてのではやる気がないとしかいいようがない。
なんだかんだと書きましたが、潰すのが仕事ではお話にならないし、かといっていい意見は積極的に取り入れる方向性は大切で。そうして精神論とか机上の空論ではなく実際に具体的な形で向上するってことがいかに難しいのかってことですよ。





この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村

人気ブログランキング