戦国策12、縮高と信陵君の話

さて久々の戦国策ですが。
この人物編、残りいくらかなと数えて見ると、なんと47まであるという笑
当分書く内容に困りそうにないですよね笑
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%8F_(%E6%88%A6%E5%9B%BD)#/media/File:%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3(%E7%B4%80%E5%85%83%E5%89%8D350%E5%B9%B4%E9%A0%83)%E4%B8%89%E6%99%8B%E5%9C%B0%E5%9B%B3.PNG
↑これ魏と韓の地図です。安陵の地も見えますね。魏の右下のほうのやつです。



魏が韓の管(かん、ひとまず都市の名前かなと思ってもらえたら。本当は邑(ゆう、むら)という単位である)を攻めたが管は落ちなかった。
縮高(しゅくこう)という人がおり、この人は安陵(あんりょう)の人であったのだが、その子は秦に仕えてそのまま管の太守となっていた。魏の公子である信陵君(しんりょうくん)は安陵君の元へ使いを送り、こう言わせた。
「縮高をこちらへよこしなさい。私は五大夫の爵位を与え、また持節の尉(じせつのい)に任じましょう」
それに答えて安陵君は言った。
「安陵は小国です。だからと言ってその民を誰でも思うままに使うことなどできません。御使者自ら縮高のもとへお行きなさい。案内だけはさせていただきましょう」
そうして使者は縮高の居場所を尋ねて行き、信陵君の命をそのまま伝えた。
縮高は言った。
「信陵君が私を召し抱えてくださるのは、私に管を攻めさせようとしてのものでしょう。
そもそも父が子の邑を攻めたとあっては、大いに人に笑われることとなりましょう。
また、我が子が私を見て降参したならば、それは主君に背くことになります。
父が子に背くことを教えたとあれば、信陵君におかれましても決して喜ばしいことではありますまい。
謹んで辞退させて頂きましょう」
使者はこのことを信陵君に伝えた。信陵君は大いに怒り、重臣を使者として安陵へ派遣した。
「安陵の地は魏の土地同然である。
今、管を攻め落とせないでいれば秦は魏に向かってくる、魏の命運は危うくなるだろう。
よって、あなたが縮高を捕まえて捕虜として送ってくださるのをお願いしたい。
もしもそうしないというのであれば、十万の兵で安陵に向かう所存である」
安陵君は答えた。
「我が先君成候(せいこう)は、魏の襄王から命を受けてこの地を守ることとなった時に、王府の書庫に蔵されていた憲法の文書を授けられました。
その憲法の上篇にはこのようにあります。『子にして父を弑し(しいし)、臣にして君を弑する(しいする)者には常法の定めありて赦免せず。国に大赦(たいしゃ)行わるとも、城を開けて降りし者と逃亡せる者とは、これにあずかることを得ず』
今、縮高は謹んで高位を辞退し、父子の道を全うしたのです。
然るに今信陵君が『捕らえて連れて来い』とおっしゃるのは、私に襄王の命に背いて王府の憲法を捨てさせることを意味します。
それはこの命に代えても、絶対に致しません」
縮高はこれを聞き、
「信陵君は悍勇に長け(かんゆう、ここでは勇敢というよりは凶暴とか粗暴の意味合いが強く、力の他は何も省みない様子を言っている)、独りよがりで動く人柄である。
この案陵君の返答が戻った際には安陵の災いとなるに違いない。私は既に己の本分は全うした、しかし国の災いを招くこととなれば人臣としての道を外れることになる。
我が安陵君にむざむざ魏の憂患をお掛けしてなるものか」
と言って、魏の使者のところまで行き、自らの首を刎ねて死んだ。
信陵君はこれを聞くと、喪服を身につけ、使者を出して安陵君に謝った。
「私は小人です。思慮に欠けとんだことを申してしまいました。再拝して我が罪の許しを乞うつもりです」




・信陵君は、管攻略のために最も効果的な手であるだろう、父親に子を攻めさせるという手を取ろうとしたわけですね。
父子の情に訴えかけると。
父に攻めさせるのか、そんな非道が許されるのか。父より主君をとるのかと。
そうして良心の呵責を起こさせそれによって管攻略の突破口としようというわけですね。
ここから信陵君の非情さが透けて見えてきます。戦争だから、仕方ないから、最も効果的な手を打つべき。それもわかる話なんですけれども、じゃあ父子を戦わせてもよいのか。賛否の分かれるところでしょうけれども、信陵君は遠慮なく躊躇せず「良し」とするタイプの人のようですね。
これを信陵君しっかりしているとか素晴らしい手だと見るのはいかにも現代風ですけれども、でもそう見ると戦国策から学ぶべきものが抜け落ちてしまうように思えます。そりゃあ最大限に効果的なわけなんですけれどもね。



・で、安陵君のところへ使いを出しますと。
「安陵は小国です。だからと言ってその民を誰でも思うままに使うことなどできません。御使者自ら縮高のもとへお行きなさい」
この言葉にはなんとなく皮肉がありますね。
①魏→安陵は小国だからって好き勝手していいってものじゃないぞと言っている。
②安陵君→縮高を軽々しく呼ぶことなどできません→呼びたかったら自分で行きなさいよ、礼儀を尽くしなさいよと言っている。
③居丈高というか、力があるからって単純にそれだけで皆が従うと思うなよと言っている。
また、それをなんの礼儀も尽くさずできると思っている性根が異常だと言っている。



・で縮高です。
信陵君が私を召し抱えてくださるのは、私に管を攻めさせようとしてのものでしょう。
→ここから既に信陵君の「地位と階級をやる」というその魂胆を見抜いているのがわかります。
「ミエミエなんだよ」って感じでしょうかね笑


そもそも父が子の邑を攻めたとあっては、大いに人に笑われることとなりましょう。
→ここは、わたしが笑われますよ言っていますが、実際にはそんな命令を出した信陵君が笑われますと言っているわけですね。
それを私が笑われますという縮高には礼儀の心があるなあ、やんわりと言っているなあというのがよく分かりますね。


また、我が子が私を見て降参したならば、それは主君に背くことになります。
父が子に背くことを教えたとあれば、信陵君におかれましても決して喜ばしいことではありますまい。
→恐らく一般的にの話でしょうね。

で、これを聞いた信陵君は激怒するわけです。
別に縮高の解答に失礼があったというわけではなくて、むしろベストな解答だったと思われますが、問題は「是が非でも来い」と信陵君が言いたかったのを断ったことが問題なわけですね。
ここで閑話。

https://hajimete-sangokushi.com/2016/10/16/%E3%80%90%E6%88%A6%E5%9B%BD%E5%9B%9B%E5%90%9B%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%91%E5%8F%B2%E8%A8%98%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F%E9%AD%8F%E3%81%AE%E4%BF%A1%E9%99%B5%E5%90%9B%E3%81%A3/
范雎の話は以前にどっかで書きましたね。このちょっと前の話だったわけでしょうね。
信陵君と魏には、秦に対しての余裕がまったくなかったころの話なんでしょう。
やんわりと断った縮高に対し、
「この状況がわかんねーのか!!なんでこねーんだよ!!!アホ!!!」
と激怒しているのがよくわかりますね笑
そのくらい余裕がない。今は礼儀とかしてる場合じゃない。
速く手を打たないと秦にまたやられる!!!
冷や汗だらだらものですよね笑


・でも、じゃあ余裕がないから脅迫していいか、礼儀を抜かしていいのかという話ですよね。
効果的だからと父と子を戦わせていいのか。
それがこの話のテーマになっているんじゃないでしょうか。
もちろん、効果を追究はしているわけです、でも効果ってのはそう単純じゃない。
礼儀とか人の道とか、そうしたものを通した先にも効果は見出される、そうした方向性があるってのを感じますよね。
単純に「効果的だから」脅迫する礼儀を欠く、その先に見出される、ある意味純粋な「効果」は、果たして最も効果的と呼べるものなんだろうか。
そこですよね。



・で、激怒した信陵君からやってきた重臣が露骨に脅迫してくるわけなんですが。
安陵君は毅然とした対応をします。
『子にして父を弑し(しいし)、臣にして君を弑する(しいする)者には常法の定めありて赦免せず。国に大赦(たいしゃ)行わるとも、城を開けて降りし者と逃亡せる者とは、これにあずかることを得ず』
親殺しの子と、反逆して君主を殺したものは法の定めによって許されない。
仮に大赦が行われたとしても、城を開けて降参した者と逃亡兵は許されない。
・(父子あるいは君臣といった)道に背いたもの
・恩賞と自らの命惜しさに城を開け渡した裏切り者
・臆病者
この三者は許されないのだと言います。
そして、それは先君が襄王からもらった物の中に書いてあるのだと。


・この案陵君には誇りがあります。
先君が襄王にこの土地を封じられたこと、その時に憲法が渡されたこと。
言ってみれば「ここは特別なんだ」という自覚と自負みたいなものがあるんでしょうね。
そしてそれをしっかり受け継ぎ守っている立派な家臣がいる。
たとえ十万の兵士がやって来ようとも、その立派な家臣をふん縛っておくったりゃしねえぞと言う訳ですね。


・でもバランス感覚で言ったらこの案陵君少し危ういですよね。特別な地位かも知れませんけれども、やはり案陵は魏の下なわけで。
ちょっとバランス感覚がいい人だったら、保身を考えるような人であれば自分の命と自分の領土守りたさに、言われたとおりに縮高を縛って信陵君のところへ送るんじゃないですかね。いや、安陵からしたらそんな別に切羽詰ってもいないわけで。「ちょっと行ってくれたらいいから。な?」みたいな感じで縮高を説得するとかありそうな感じですが笑
ともかく、安陵君は家臣を守るためなら魏の十万の大軍とても恐れずと言った感じです。


・でもそれはきっと縮高には嬉しいことだったかもしれませんが、同時に重荷でもあったのでしょうね。
魏の大軍がきても部下を守ること。
自分のせいで安陵が滅び、安陵君が死ぬことになったら?もはや自分のせい以外言う事ができないでしょうね。


「主君の憂いになってたまるか」と言って自害して果てるわけです。
こうして魏はむざむざ有能な男を減らしてしまったというわけですね。


・余談ですが、信陵君のえらいところは、こんなバカな状況になってしまって案陵君に謝ることができるところなんじゃないかなと思いますね。
「いや普通謝るだろ」となるところですが、この時代別に謝らないことのほうが多かった。むしろ脅迫するくらいの立場ですから、別にそんなのが一人や二人死んだところで。別のいい手を捜して管攻略をするだけのこと。まして勝つため、生き残るためには最も効果的な手を打たなくてはならなかった。そんな余裕のない状況の中で、礼儀とかいろいろ欠いている信陵君が、自らの行いに気付いて反省して謝罪している。
これ、けっこうレアな話だと思います。
余裕がない、でもそんな中自分になかったものに気付いて反省して変わっていくことができること、これができるって非凡だと思いました。完全に最後感想ですが笑




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