孫子③謀攻編4

さて。
最近ネタ切れが激しくてですね笑
いろいろ思いつかんなあ。
いや、思いつかんというよりなんか遠慮して書けないのかなあ笑
いろいろムダに遠慮してしまうんですよね笑
あ、愚痴だなこれは。

さてさて。




4

将軍とは、国を支える者である。
支える者が主君と仲が良ければ国は必ず強くなるが、仲が別に良くもないのであれば国は必ず弱くなる。
そこで、国主が軍事について心配しなければならないことは三つある。


①軍が進んではいけないことを知らないで進めと命令し、軍が退却してはならないことを知らずに退却せよと命令することである。これを軍を糜す(びす)、すなわち軍隊を引き止めるというのである。

②軍の事情も知らないのに軍事行政を将軍と一緒に行うことである。
兵士たちはこれによって迷うことになるのである。

③軍の臨機応変の処置もわからないのに、軍の指揮を将軍と一緒に行うことである。
兵士たちはこれによって疑うことになるのである。


軍がこうして迷い疑うことになれば、外国の諸候たちが兵を挙げて攻め込んでくることになる。
こういうのを軍を乱して自分から勝利を失う、取り逃がすというのである。



・仲がいいってこと、それは任せることを意味するでしょうし、いっそ放任と言ってもいいかもしれませんね。
それによって横からごちゃごちゃと口を挟まないのが大切というわけです。
しかしどこの関係でもよく見かけられる光景ですよね笑
勉強しなさいと横から口を出す親子関係とか、あれしろこれしろそれがルールだ正解だと強制するどこぞの店とかですね笑
で、とにかくそうしてついつい介入してしまう。放任していられない。で、それが良くない結果に繋がるものだというわけですね。
「事情をよく知りもしないくせに!」とついつい激昂したくもなりますよね笑



①②③に示された例なぞはまさにこれの典型的なものでしょう。
現場としては「今こうするのがベスト」ってのはある程度漠然と決まっていたりするものです。
経験と空気、雰囲気、流れ・・・そういうものが漠然と、しかししっかりと出来上がっているものです。
ところがそこに「こうしろ」とルールを押し付けてきたりする。
そこで正解が二重になる。どちらを選んでも正しくない、あるいは権力の大きい方が正しいというようなことになる。
一度こうなっては統率などなかなか取れるものではない。板ばさみになって部下が磨り減って殺されるような事態を招くことになる。
「正解はこれである」ということが一本決まっている、この非常にシンプルなことが組織にとっていかに大切であるかということです。
どのような事情があるにせよ、方針を打ち出すもの、正解を示すものがデタラメに増やし続けるような状態は組織にとって悪影響をもたらす。




・最後に示されているのもまた非常に重要でしょうね。
「自分から勝利を取り逃がす」こうしたことはままあるものです。


・「マイナス」ってのは二種類あるといえるでしょう。
言葉通りのマイナスがすなわちマイナスであるというのがひとつ。
もうひとつは、プラスとなるべきものを逸した、取り逃がしたという意味でのマイナス。
方針がしっかりとしていれば、というより元通りであればなんら問題はなかった。方針を打ち出してわざわざ軍を乱し惑わせた、それによって隙を作ったことが他国を攻めるだけの力を損なわせ、むしろ隙を作り、侵略されるような事態を生み出した。
すると、そのマイナスは二重であり、それだけの重みのあるマイナスを敢えて自分から生み出していると言えるでしょう。



・しかし、そもそももうひとつの前提がある。よく知りもしないのに口を出す、よく分からないのに口を出すということが今回の前提にはあります。それを可能にするのはその命令者の権威であるといえるでしょう。
権威がある、そうであるがゆえに従わざるを得ないような方向へと持っていく、または持っていくことができてしまうわけです。
知りもしないこととか、口を出すということがいかに容易でないかを知っていれば、そうそう恐くて口など出せないものです。
まして現場の人間の経験というものを知っていたならば。
つまり、ここで口を出すということは、現場の人間の経験を自らが上回るその資格を意味するわけですね。
それが単に権威である、権威でしかないということが問題なわけで。
経験、知識、技術。そうしたものを有する現場に対し、一体どのような方法で上回ることが可能であるのか。
改悪した例など枚挙に暇がないわけですが、しかし実際に改善された稀有な例も少なからずある。



・例えば商鞅や韓信などは改革を試みうまくいった方の例でしょう。
経験や知識、そうしたものが習慣となり、習慣が絶対善となった時にいかにしてそれを打破するか。もはや完全に効果的と言わざるを得ない状況、それをしてきてこれまで間違いはなかったし、これからも間違いがないであろうその先入観をいかにして打破していったのか。
商鞅は自らの思想を内政へと持ち込み習慣を、いや因習を打破した。不可能を可能にし、秦を知らぬ間に天下最強の国へと押し上げることに成功した。
韓信は戦場に自らの兵法や思想を持ち込み、戦場と戦争の仕方を一変させたわけです。当時武将の武勇が最もモノをいう時代、項羽は最強だったしその軍団も最強だった。その強さは神がかり的であり、軍団を破ることは不可能にしか思えなかった。
それを韓信は理と兵法でもって容易く破るわけです。



・彼らは、言ってみれば「よく知っていた」それは非常に大きい事情であると思います。知らずに口を出すこととそれとは一線を画すなと。
しかしその知っているということも従来の「知っている」こととはまったく方向性が異なっている。
単に現場の経験を知っているというだけであれば、それに代わる経験者はたくさんいるわけだし、増して経験ならば年長者を引っ張ってくれば事足りるわけです。
そういう人たちを押しのけて選ばれた彼らが一体何をもっていたのか。経験や知識、年数、実績。そうしたものに代わる一体何を彼らが持っていたのか。
ここはもっと注目され掘り下げられていいところだと思います。












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