孫子①‐2、3(計編)

2
将軍がわたしが先にあげた五事七計のはかりごとに従う場合には、彼を用いたらきっと勝つであろうから留任させる。しかし将軍がもしわたしのはかりごとに従わない場合には、彼を用いたらきっと負けるであろうから辞めさせる。
はかりごとの有利なことが分かって従われたならば、出陣前の内謀はそれで整ったわけである。
そこで「勢」(※せい。有利な状況を見抜き、それに基づきその場に適した臨機応変の処置を取ること)
ということを助けとして出陣後の外謀とするのである。


さて、ここで言いたいことはイマイチよくわかりません笑
ただわかるのは、やはり「法」が大切ってことをいいたいわけだなと。
道天地将法とかやってましたけれども、将のくだりにはなんと書いてあったか。
「将とは、将軍の才知や威信、仁慈や勇敢さや威厳である」と書いてありました。


しかしここにきて
「将軍がオレの指示に従わないなら負けるだろうから解任!
 従うなら勝てるだろうから留任!」
さっきの才知とか一体なんだったのて感じですね笑
問題は将軍の才知とか勇敢さではなく、将軍が「法」的に、オレの支持に従うか従わないかであると言いたいのかって雰囲気になってきましたね。


今回短いんでそのまま3にいきます。
3
戦争とは詭道(きどう、正常なやり方に反したやり方)である。


①強くとも敵には弱く見せかける。
②勇敢であっても臆病に見せかける。
③近づいていても遠くに見せかける。
④敵が利を求めている時にはそれを誘い出す。
⑤混乱している時にはそれを奪い取る。
⑥敵が充実している時には防備する。
⑦敵が強い時にはそれを避ける。
⑧敵が怒り猛っている時にはそれをかき乱す。
⑨敵が謙虚な時は驕らせる。
⑩敵が安楽であるときは疲労させる。
⑪敵が親しみあっているのならばそれを分裂させる。


こうして敵の無防備を攻め、敵の不意をつくのである。
これが軍学者の言うところの「勢」であり、これは敵情に応じての処置であるゆえに出陣前にあらかじめ教えることができないものである。


へえーって感じですね。その他あまり感想がない笑
ただ、うまい戦とは?を以前に考えた際に、ああ本質は敵の意表をつくことだなというのは思ったんですよね。源義経の逆落としとか、
「敵はこうくるだろう」という読みと
「まさかここから攻めるとは思うまい」という読み。
二つののせめぎ合いだなと。
で、相手が「恐らくこう考えているに違いない」という枠組みがある、その枠組みをいかに上回るかであり、それができたものが戦には勝つという側面はあるなと思いましたね。
意表をつく、期待を裏切る、予想を上回る。こうしたことが念頭にあるし、常に相手の裏をかこうとしているってわけですよね。でそれを具体的にどのような形でするか。


上のものも、相手の目算を狂わせるってことが念頭に置かれているなと思いますね。
目算を狂わせていかに有利に立つか。相手を出し抜くか。
そこに巧さがある。これを巧いとみるか狡猾と見るかは見解の分かれるところでしょうけれども、卑怯はここでは卑怯ではない。卑怯と知恵と巧さの巧みな合一があるとはいえるんじゃないでしょうか。


織田信長の鉄砲の三段撃ちとかもかなり意表をついてますよね。
武田の騎馬軍団がいかに強かろうと、三千挺の火縄銃には負けるはず。しかも三段撃ちという工夫も取り入れている。
武田にしてみれば連戦連勝、「俺達は強い」という盲信がある、だからこそ鉄砲を見ても「なにするものぞ」って感じだったでしょうね。まさか三千挺もこの日のために備えていようとは。いや仮にそれを知っても恐らくびびるような精神はなかったに違いない。「臆したか!」といわれるのがオチでしょうからね。


負け戦の最中でさえ「強い俺たちが負けるはずがない」という意識は相当あったと思います。まして鉄砲なんて勢いでゴリ押しだよ!みたいな「慣れ」もあったろうかなと。
そう、その意味では織田信長は武田側を戦前から読み勝ちしていたところはかなりあったのではないかと。
どうせ相手武田勝頼だしみたいなところも大きかったと思います。


もしも、これが相手が武田信玄なら話は全然違ったでしょうけれども。




・さて、毎度の田単将軍なんですが、田単が燕に対してやった工作を並べて見るといかにもこの内容に沿っているなという感じですね。
で、まずは⑪敵を分裂させる
まずは敵将の楽毅を総司令から解任せねばならないと。そのため、敵の王があまり楽毅を快く思っていないことを利用して「楽毅に二心あり」という噂を流す。そして楽毅をいなくさせる。名将楽毅がいなくなれば燕軍など大したことはない。


そうして次に④利で釣るってわけですね。
かわりに総司令になったのは騎劫(ききょう)将軍というんですが、斉がたった二城しかないのと楽毅にも果たせなかった斉の滅亡をこの手でできるかもと考えてウハウハなわけですね。
で、準備をあらかじめ済ませた後に、降伏の使者を騎劫の陣に送る。


まさかの無血開城とか、騎劫にしたら願ってもないわけですね。
で、そこの隙を突いて田単は総攻撃を開始する。
楽毅が奪った城を田単はあっさりとまた盛り返してしまったわけです。


どっかで見ましたけれども、名将楽毅がやったことは結局「東の大国斉を弱体化させて秦の中華統一に大きく貢献したことだ」
とか言ってましたけれども、そういう面もあるのかなと。そのためにやったわけではないにしろ、そうした結果がかえってくるってのはなんかさびしい気もしますね。まあそれは余談。
でも、斉滅亡時点で田単は一体何してたんでしょうね。趙に亡命した楽毅は死んだかもしれませんが、田単はまだ若いんじゃないかな?
また調べてみよう。



毎度、田単というこの将軍の行動が孫子によく沿っているなあという印象を感じつつ例に出してますよ笑
便利なもんですね笑


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