甘茂(かんぼう)は秦から逃げ出して斉に向かう途中で蘇子に出会った。
「あなたは江のほとりに住む娘の話をご存知ですか?」
「いや、存じ上げません」
「江のほとりに住む娘たちの中に貧乏で明かりを持ってこられぬ者がいました。ほかの娘たちは彼女を仲間はずれにしようとしました。娘は立ち去ろうとしましたが、他の娘たちに言いました。「わたしは明かりを持ってこられないものですからいつも真っ先にきて部屋を掃除し、席を敷いておりました。それにあなたたちは四方の壁を照らす余分の光をどうして惜しまれるのでしょうか。間違ってわたしにくださったところで皆さんに何の害があるというのでしょう。わたしはこうして皆さんの役に立っているつもりです、どうしてわたしを追い出されるのでしょう」娘たちは相談していかにもということになり、娘を引き留めたと言うことです。いまわたしは秦から放逐され函谷関を出ました。どうかあなたのために部屋を掃除し席を敷かせていただきたい。」
蘇子は「よかろう、あなたを斉が重く用いるように一肌脱がせていただこう」
・完全に余談ですが、三国時代の甘寧(かんねい)の祖先らしいですねこの甘茂。
・この後日談として、蘇子はまず秦王に「甘茂は三代の秦の王に仕え、秦の地形も熟知しています。もしも彼が斉を動かして韓や魏と同盟して秦を襲うのであれば、秦のためにはなりません」といった。秦王はその通りだと思い、甘茂に宰相位を与えて斉から引き抜こうとしたが、こなかった。そこで蘇子は斉王に、「甘茂は賢人です。秦が宰相の地位を与えて引き抜こうとしても、斉王に仕えたいと思い断っています。彼をどうなさいますか」と言った。そこで斉王は上卿の地位を与えて甘茂を斉に留め置いた、と言う話があるのだとか。
・貧しい娘が堂々と、理路整然と説得しているところがいいですね。「その通りだ」と娘たちを諭す。自分を放逐してもいいことはないどころかマイナスである。そう思わせている。押し付けでなくて理で諭す。
・理屈ってついつい押し付けがましくなるところがあると思うんですけども、本当は「こうなんじゃないか」と意見を言ってみんなにとってより良い形を提案するところが最終的にはあると思うんです。もちろん自分もそう、自己保身もそうですけれども、それを通したより良い形の提案。みんなでよりよい形を作るための提言。これが目指すものが唯我独尊であったならば「おいおい」となるところでしょうけれども、こうした提言は本当に「活人」なんですよね。「殺人」ではない、人を殺さない。本当に良い形を目指すことができる。それを提案する方も受け入れる方も素晴らしいですね。分かり合えている。
・まあ戦国策1にみたような「殺人」が多い世の中だからって背景もあるのでしょうけれども。「我田引水」、結局はそういう魂胆かみたいな。全てが暴かれたら本当に世の中に救いがない、みんな絶望するしかない。もちろん保身ってのは最終的には出てくるのは間違いない、だとしてもそこをいかに美しく見せるか。「立つ鳥後を濁さず」ってのがいかに大切で素晴らしいことなのかですね。美しさが打算と相まっている。
この記事へのコメント
戦国策おもろいな笑